10-44.信頼されている
『どうやらその男は仲間と一緒に来ていたそうです。笑われたようですね』
意気揚々と絡みに行ったら返り討ちだ。自分より下の存在と思っていた相手にボコボコに負かされて、それはプライドが許さないのだろうな。
「なるほどね。これで正蔵の経歴がわかったわね。プライドの高い彼は職場に居辛くなってやめた。けど行き場がなかったからホームレスになった。そこでは、なんとか世渡りにうまくいったと」
「いつの間にか無人になってた、師匠の屋敷も手に入れてな」
「ええ。勝手に使って利益を得てた。……いつか家主が戻って来るって期待もあったんじゃないかしら。その時にリベンジをするつもりでいた」
そして、昭和の頃から今までずっとそう生きてきた。数十年間、討つべき相手である師匠は現れなかったけれど、恨みを忘れた日はなかった。
フィアイーターの力を手に入れれば、所詮は人間でしかない師匠も簡単に殺せる。ある日目の前に現れたキエラに声をかけて、自らをフィアイーターにしてもらった。
その直後に、師匠ではないが同じ技を使う俺が現れたというわけだ。
『双里くん。お役に立てましたか?』
「はい。正蔵は、師匠との再戦を望んでいます。怪物になってでも、師匠に今度こそ勝ちたいと。仕事をやめてホームレスに落ちぶれても、その願いだけで今日まで生き続けていました」
『……そうですか。あの男が。わかりました。双里くん、私もそちらに行きましょう。あなたの住所を』
「いいえ。それには及びません」
俺の考えは固まっていたから、きっぱりと断った。
「あの男は怪物になってまで望みを叶えようとした。それが正しいやり方とは思いません。だから望みを叶えさせることはない。怪物になった奴の相手は魔法少女であって、師匠じゃない」
『……そうですか』
「ですが、俺は魔法少女の力になりたいです。だから、引き続き棒術を教えてもらえませんか? リモートで動きを見てほしいです」
『なるほど。双里くん。あなたの気持ちはよくわかりました。いいでしょう。……立派だと思いますよ』
「ありがとうございます」
『あなたと魔法少女たちが、あの男に勝つことを願っています。もちろん、他の怪物たちにも。魔法少女の仲間として、頑張ってくださいね』
「あ」
なんとなくぼかした言い方をしたつもりではあるけど、師匠は俺が魔法少女の関係者だと見抜いてしまったらしい。
俺が魔法少女と一緒に積極的に戦っているから、武術を学び強くなりたい。危険な街だから自衛とか友達を守るためとか、そんな言い訳はいつの間にか忘れていた。
『安心してください。双里くんの秘密は誰にも漏らしませんよ。街を守るヒーローなんですから』
「……ありがとうございます」
いい人だ。遠く離れた場所で偶然出会った人殺しの息子に、俺は深く敬意を示した。
「へー。悠馬ってば沖縄で面白いことしてたのね」
店主との通話を切ると、会話を聞きながらビールを飲んでた愛奈が絡んできた。
「沖縄まで行っても戦うことが頭から離れないなんて。さすがねー。でもいいじゃない。沖縄武術」
「姉ちゃん。酒臭い」
「うりゃうりゃー」
「おい」
椅子を移動させて俺の隣まできて、肘をグリグリと押し付けてきた。なんなんだよ。
「お姉さんはね、心配してるんだよ。魔法少女以上に戦うことしか考えないって、もう戦闘マシーンみたいなものだよ。バーサーカーになっちゃうんじゃないかって」
「オレ?」
「ああ。アユムちゃんじゃなくて。戦闘狂ってこと」
「ならねぇよ。そんなもの」
「なるかもしれないって思ってるよの。お姉ちゃんとしては弟を戦いのことしか考えてない男にしたくないのよ。たったひとりの弟だから。他に家族はいないから。妹とかいないから」
「俺の心配と遥のお姉さん発言に対抗するの、同時にやろうとするな」
「お姉さん。一緒に悠馬を支えて行きましょうね。戦闘狂にはしません」
「お姉さんじゃないけどね。悠馬には優しい大人になってほしいから」
「いずれお姉さんになると思うので」
「そんな日は来ないのよ」
「ふたりとも、俺のことあまり心配してないだろ」
少なくともお互いの対抗意識と同列程度の扱いだ。
「心配していないように見えるのは、悠馬を信頼しているからだろうね」
なんでラフィオがわかったような口を聞くんだ。
「君が愛奈や遥から、いかに気にかけられているかは僕にもわかるよ。だから君が、容易に非道な道に走ることはないと信じられるし、もし道を逸れるようなことがあってもすぐに動いて止められると確信している。君は幸せ者だね」
「……そうか。ラフィオの言いたいこと、なんとなくわかった」
気取った言い方に思う所がなくはないけれど。
「ラフィオー! モフモフしていい!? いいよね! ありがとう!」
「おい! 返事をする前に触ろうとするな!」
「モフモフー!」
「あああああ!」
うん。ラフィオはこっちの方が似合ってる。
そう、似合ってるかどうかだな。俺が戦闘狂になりたいかどうかも同じ。
俺自身なるつもりはないけれど、判断するのは俺だけではない。
戦闘狂なんて俺には似合わないと周りが言うなら、俺もそれに従った方がいい。周りの意見が大事な時はある。
「わかってるよ。単に、強くなって姉ちゃんや遥の力になりたいだけだ」
俺を放置して言い争いをしている愛奈と遥に言えば、ふたりは少し表情を和らげたようだった。




