10-42.幽霊屋敷の持ち主
「彼の経歴を整理するわね。生まれは模布市内。ただし鷹舞公園からは離れた場所だったそうよ。町外れの、あまり栄えてない集落」
「田舎か」
アユムの訊き方にどこか嫌悪感が混ざっていたのは、気のせいではないはず。
正蔵なる男は、田舎に昔からある固定概念に押し付けられて歪んだ人間のひとりなのかも。
アユムにとっては、自分にあり得た未来に見えたのだろうか。ふたりの性質はは違いすぎるから、同一視なんてあり得ないんだけれど。
田舎から街へ出る方法はある。アユムの場合は田舎の型にはまらない人間過ぎたから送り出された。
正蔵の場合は、罪を犯して少年院に連れて行かれた。そして家に戻らなかった。
「院卒で働き口も用意されたらしいわ。詳しくはホームレスたちも聞いてないみたいだけど、脛に傷ある若者でも働かせてくれる、親切な街工場みたいな場所なんでしょう」
「あー。うちの取引先にもいくつかあるわね。ムショ上がりの人を雇ってる工場」
「鷹舞公園の近くにもあったりする? そういう職場」
「工業地帯からは外れてるけど、結構あるわよ。自動車整備工場とか、小さい部品工場とか。住宅街の真ん中とかにもあるわ」
「そのどこかで働いていたんでしょうね」
なんとなくイメージはついた。若いヤンキーみたいな職人が集まる職場。ものづくりの街だから、働き口はいくらでもある。
半グレ集団みたいな一見すると怖い人たちが集まってるけれど、そこで二度と罪を犯さず市民として普通に生活を送るなら、更生したと言えるだろう。接してみれば、思ったより普通の人だったりするのだと思う。
正蔵の場合は、また道から外れてしまったのだけど。
「そこを辞めてホームレスになった経緯は?」
「詳しく聞いた人はいないらしいわ。ただ、暴力沙汰が絡んでいるって、ほのめかされたホームレスがいた」
「暴力沙汰?」
「一時期院卒って自慢していた頃に武勇伝の一部として語ったんでしょう」
俺は更生なんかしない。今でもワイルドで強い男だと見せるためか。
だったら、誰かに因縁をつけて殴ったとかの武勇伝だろう。逮捕沙汰にはならなくても、それで職場にはいられなくなってホームレスか。
「暴力の詳しい内容はわからないわ。とにかく正蔵はホームレスになって、やがてそのリーダーになった」
「なんでそんなものになれた?」
初手で社会性がないことをアピールしてしまって、それでも社会の中心に立てた。その理由は。
「家を持ったって。だから彼は正確にはホームレスじゃない。例の幽霊屋敷。あれを占有して宿代わりとしてホームレスたちに貸し出して影響力を高めていった」
「なるほど」
だからあの男は、幽霊屋敷に出入りしていた。
「男と幽霊屋敷の関係は?」
「不明。たぶん、空き家というか廃墟になって誰も管理してない物件に勝手に入っただけでしょう。そして我が物顔に使って、他のホームレスにも開放した」
強引な手だけど、他のホームレスたちも屋内の居心地の良さを得られるなら正蔵に悪い印象は持たないか。
「あそこで事件が起こった当時の持ち主の調べはつけているわ。正蔵という名の人間はいなかった。家族構成は両親と子供がひとり。事件当時、子供は高校生だったそうよ」
「事件ってどんなものだったんですか?」
「殺人。しつこいセールスに参った父親が、カッとなって殺した」
「玄関先で?」
「ええ。包丁でひと刺し。セールスの男は悲鳴を上げながら血を流して死んだ。休日の昼間のことよ」
住宅街ということで、目撃者もいたことだろう。
家の中で起こった殺人ですらないけれど、目立った事件ではある。当然大事になるし、その後のご近所さんからの視線も冷たくなるだろう。
「世帯主である父親は逮捕されて、服役中に死亡。その後、残された母と子供は何年か家に住んでいたけれど、事件のこともあって住みづらくなり、実家に戻ったそうよ」
そして空き家になった家は数十年放置され朽ちていき、幽霊屋敷となりながら正蔵の住処となった。
「実家か。どこだ?」
「今調査中。近所の人から聞き込みをした範囲では、沖縄に実家があるそうなの。なにかお店をしてるとかで」
「シーサーの置物を売ってる」
ああくそ。本当にあの店の店主が関係者だったのか。
「悠馬は前も言ってたわね」
「間違いない。繋がった。正蔵が連れてこいって言ってたのは、あの人だ」
「じゃあそのお店に連絡をとって、正蔵という男と店主の男になんの繋がりを確かめないと。県警の担当者に連絡させるわ」
「最初に俺に話させてくれ」
そうしなきゃいけない気がした。俺は正蔵に目をつけられたし、あの人の一時的な弟子だ。
「……お勧めできないわ。こういうのはプロに任せるものよ」
「でも俺がやりたい。やらせてくれ」
「しょうがないわね。わかった。けど、話すのは私の前でね」
「ありがとう。じゃあ早速やるか」
店についての情報はネットを探せば見つかった。電話番号を入力して発信。
すぐに出た。スピーカーモードにしてみんなに会話が聞こえるようにする。
「お世話になります。あの、数日前に稽古をつけてもらった、模布市の高校生です。覚えていらっしゃいますか?」
『ええ。もちろんです。あの時の……双里くんですね?』
「はい。その通りです」
事情があって模布市から沖縄まで引っ越したという訳ありの男は、あの日の穏やかな話し声のまま受け答してくれた。




