10-38.また鍛え直す
「どうして帰ってきたの? 死ぬ寸前まで戦いなさい。あなたをフィアイーターにしたのはそれが理由」
エデルード世界にて、まだ戦えたのに撤退した正蔵に、キエラは苛立ち紛れの言葉をかけた。
片腕がぶっ飛んだくらいでなんだ。あのまま押していれば、覆面男は殺せたかもしれないのに。
正蔵の方は涼しい顔だったけど。
「ああ。戦ってやるさ。俺の目的を果たせればな」
「戦うべき相手だっけ? 見つかるの?」
「見つかった。あの覆面の男は、俺の敵から棒術を習った。そして師匠を連れてくるように言った。だから俺の敵は来るはずだ」
「ふうん……だったらいいけど」
キエラは正蔵が嘘をついているとは思っていない。こいつは、こいつの中の真実を正直に話している。
けど、こいつの思った通りにことが進むとも考えてはいなかった。
「まあまあ。キエラも怒らないで。次はもっと強いフィアイーターを作って、正蔵さんと一緒に暴れさせましょう?」
「ティアラ……ええ。そうね。強いフィアイーター、作らないと。まずコアからね。まったく……」
ティアラの方へ顔を向けて笑顔になったキエラ。けどティアラは気づいていた。ちらりと正蔵に向けたキエラの目にこもった感情に。
キエラは怒ってなんかいなかった。ただ、憐憫の目を向けていた。
――――
棒術の技術を磨くと共に、あの男のフィアイーターに勝つためには根本的に体を鍛えなければならないと考えた。
だから俺はこれまで以上に陸上部とのトレーニングに励むことになった。
「おおー。いいね! その走りっぷり! より強い目的ができたようだね!」
グラウンドを走る俺に並走しながら、部長である文香先輩が話しかけた。
「はい。勝ちたい相手がいるんです!」
「そうかそうか! 頑張れ! 君は間違いなく鍛えられている。始めてグランドを走った時は、それだけでヘトヘトだっただろう? だが今は違う」
「そうですか?」
「前より疲れにくくなっている。そして走りながら、こうやって会話もできている。前では考えられない成長だ」
「たしかに……」
走りながら話すと息が切れやすくなる。走る際には適した呼吸法というのがあるが、喋ると当然できなくなる。だから息切れする。
しなくなっているというのは、強くなっているということ。
「君は偉い! その調子で、体育祭も頑張ってくれよ!」
「あー。はい」
そうだ。もうすぐ体育祭だった。
なんか、陸上部のみんなも練習に気合が入ってると思ってたんだよな。
「よっしゃー! 体育祭でいいところ見せて彼女作ってやるー!」
クラスメイトの沢木が張り切った声で走っていた。あいつ、修学旅行じゃ彼女できなかったんだな。そんな気はしてたけど。
「ははっ。彼にも困ったものだね」
部長が沢木を見て苦笑していた。
「真面目に部活に取り組んでいるし、陸上部としての成績もいい。来年の部長候補だよ」
「世も末ですね」
「たしかにね。あれで、もう少し人を見る目があればね」
走りながら部長は笑い、そして俺の肩を叩いてから速度を上げた。
すごい人だな。
「部長ー! あんまり悠馬を! わたしの彼氏を誘惑しないでくださーい! 悠馬はわたしのものなので!」
「ははっ! わかってるよ遥! お幸せねー!」
「わかればよろしい! 悠馬! そろそろ休憩入って!」
俺のコーチ役である遥の声に従って、そちらの方へ向かった。
遥の隣には剛もいた。
「聞いたよ。人間のフィアイーターがまた作られたんだってね」
「そうなんだ……奴は俺に執着してる」
正確には俺ではないけど、求めている相手が来なければ怒りは俺に向くのだから同じことだ。
「悠馬、君は生身でフィアイーターに立ち向かう気かい?」
「まさか。そんなことはしない。けど、自分の力である程度戦えるようになりたいだけだ」
「もー。悠馬ってばそんなに真剣に考えなくてもいいのにー。いざとなればわたしに任せちゃっていいから!」
「気持ちは嬉しいけどな」
「悠馬の気持ちも僕にはわかるよ。自分でも出来ることがあれば追求したいよね」
魔法少女のコスプレをしながら生身で戦っている剛は、思うことがあるのかしきりに頷いていた。
「敵は強いのだろう。けど、こちらも武器を使いこなせれば勝ち目はあるはずだ」
「先輩はトンファー使いですもんね。しかも鉄製の。悠馬も鉄の棒を振り回すつもりみたいだし、やっぱ硬いのは強いんですね」
「木よりは強そうだよね」
別に、あの男との戦いに鉄の棒で挑むつもりはない。トートバッグに入れて持ち運べるトンファーと違って、身の丈くらいの長さがある棒はさすがに普段から携行できない。
あの鉄筋は今、拠点の家においてある。あそこにいる時にフィアイーターが出れば持っていけるけど、そううまくはいかない。
「とにかく悠馬! 今度の体育祭、頑張ってね! わたしの分まで!」
「お、おう……」
陸上部って本当に体育祭好きだよな。というか、体育会系が輝くイベントなんだろうな。
俺は別に楽しみではないけど、楽しみにする気持ちはよくわかる。
遥も、足さえあれば全力出してたんだろうな。




