10-37.ホームレスとシーサー屋
光る矢が、首、足、肩と動きを阻害できそうな関節部を狙って次々に射抜いていく。
ハンターの狙いの正確さは知っているけど、俺は巻き添えを食らわないように退避した。男は攻撃を仕掛けるハンターよりも、俺に執着しているようで。
「さっきの棒術を教えた奴を呼べ! ここに! 呼べ!」
腹の底からの叫びを唱えてから、虚空に穴を開けてそこに飛び込んだ。
逃げたのか。あれ、フィアイーターにもできる芸当なんだな。特別製だからなのかもしれないけど。
「悠馬さん!」
「大丈夫かい!?」
地面に座ったままの俺に、ラフィオとハンターが駆け寄ってきた。
「ああ。なんともない。……ホームレスの死体がひとつ増えることになるけどな」
「ホームレス?」
「さっきの男だよ」
「あれが? 普通の格好をしていたけれど。ああ、もちろん彼は死ぬだろうけどね」
「ホームレスなんだよ。俺はあの顔を知っている。どんな奴までかは知らないけどな。それより銅像のフィアイーターは」
「もうすぐ倒される」
俺を助けてくれた電源車で視界が遮られてるから、向こうの戦いはよく見えなかった。近くに行ってみれば。
「さっさと死になさい! てか! もうしばらく銅像とは戦いたくないわね!」
「ええ! 同感です!」
「こいつ堅いから嫌いだ!」
悪態をつく魔法少女三人に袋叩きにされていた。
剣で体のあちこちをズタズタにされつつ、逃げようとしたらライナーが先回りして行く手を塞がれ、反対側に逃げようとしたらバーサーカーがいて首根っこを掴んで地面に引きずり倒していた。
黒タイツも既に全滅しているようだった。
可哀想に。さっきのホームレスが逃げずに加勢していれば、フィアイーターも少しはいい勝負ができただろうに。あのホームレスの目的がなにであろうと、キエラの本来の目的である恐怖集めは手伝わないと。
「とりゃー! セイバー突き!」
セイバーの正確極まる刺突によってコアが貫かれたらしくて、フィアイーターは黒い粒子と共に銅像へと戻っていった。
この公園に銅像ってあと何があるのかな。他のモニュメントだってたくさんあるし……と、キエラがまた鷹舞公園にフィアイーターを作るって想定で考えていたことに気づいた。
「悠馬ー! 遅れてごめん! 大丈夫だった!? なんかやばそうな奴と戦ったってバーサーカー言ってたけど!」
「うん。大丈夫。この通りピンピンして」
「悠馬ー!」
「おっと」
無事なことは見て明らかなのに、セイバーは駆け寄って俺を抱きしめた。
「心配だったんだから……」
「ごめん。でも大丈夫だから」
「うん……」
しばらくは、セイバーのしたいようにさせる。けど、そのままというわけじゃない。
「みんな、ちゃんと勝てたみたいね。新しい人間フィアイーターが出たって澁谷から連絡があったんたけど」
樋口がようやく駆けつけたらしく、話しかけてきた。
「ああ。ホームレスの男だ。なんか服は着替えたらしいけどな」
「ええ。今、身元を探ってるところ」
「もう? というか、あいつの情報なんて」
「あいつがあなたを押さえつけている所をテレビカメラで撮ってたのよ。だから顔はわかる。この近辺の人間ってこともね」
「なるほど」
「あなたが今ホームレスと言ったのも重要事項ね。あいつについて知ってることが他にあれば、話しなさい」
「この公園の南にある幽霊屋敷の話を覚えてるか? あそこに出入りしているのを見た。頬に傷がある顔だから、見間違えようがない」
「昭和の事件の舞台で、ホームレスのたまり場になってるっていう? そう、じゃあ調べてみるわ。他にはなにかある?」
「棒術に強い執着を持っていた。……沖縄の棒術だ」
「沖縄の?」
「ライナー、バーサーカー。沖縄のシーサー屋の場所を覚えてるか?」
「え? うんまあ、なんとなく」
「ああ。どの辺りにあるかはわかる」
「あとは検索して特定してくれ。あそこの店主から習った棒術を見て、奴は激昂した。誰から習ったか気にして、そいつを連れてこいって」
「……フィアイーターになった男が求めてる相手が、そのシーサー屋なのは確定?」
「わからない」
俺が棒術を習った時間はごく短く、そもそもこういうのは流派によって決まった型があるもの。
同じ流派の別人が目的という可能性もある。
それに、できればあの善人には怪物騒ぎに巻き込まれてほしくない。樋口と警察は当然のように連絡を取るだろうけど、こっちに来てもらうのは嫌だった。
「樋口。車椅子はどこに?」
「近くに用意しているわ」
「拠点にしてる家まで運んでくれ。ライナー、俺を拠点の家まで連れてってほしい」
「いいけど、どうして?」
「鍛え直す」
「棒術を?」
「ああ」
「……わかった」
多くは聞くことなく、ライナーは俺を背負って家まで駆けていった。
拠点の和室スペースに立ち、教えられた動きを再現する。棒も持ってないから、持っている想定だけで動く。
「頑張ってるねー。棒はほしいけど。んー、アユムちゃんに言って箒とか買ってもらう? あ、麻美さんが鉄筋とか持ってるかも。少なくとも買えるところ知ってそうだし。もしもし麻美さん?」
遥が電話しているのは聞こえた。俺に協力してくれているのはよくわかる。
ありがたさを噛み締めながら、俺はひたすら動きを繰り返し続けた。
やがて麻美が車でやってきて、ホームセンターで買ったという鉄筋を手渡してくれた。沖縄で使った木製の棒よりずっと重い。
鍛えられそうな感じがするな。
愛奈は麻美と一緒に来てくれたし、樋口も車椅子を届けてくれた。アユムとラフィオとつむぎも家に来た。
なんとなくみんな、今日はここで夕飯にしようって空気になった。俺が言い出したことに、みんな無言で付き合ってくれる。
温かかった。




