10-33.沖縄の棒術
「そうですねえ。昭和区。というより、鷹舞公園の近くと言えばわかりやすいでしょうか。あそこは、今でも家族の憩いの場ですか?」
「はい! それはもう! みんなが楽しんで過ごしてますよ! 危ないことがあっても、魔法少女が守ってくれるので!」
おい遥。後半の情報は余計だ。親指立てるな。
店主は女子高生の軽いノリと受け取って、上品に笑った。
「そうですかそうですか。それは良かった」
「あの。店主さん。さっきの動きですけど」
「ああ、これかい?」
店主は手に持った箒をゆらゆらと揺らした。
思い切って直接尋ねることにした。
「はい。すごい動きでした。体の使い方もそうです。座ってカウンターの向こうにいたのに、次の瞬間には箒を掴んでここまで来て」
「なに。難しいことじゃないですよ。そのお嬢さんが置物を手に取った時には身構えていましたから」
「え? オレが落とすのわかってたってことか!?」
「なんとなくわかっていましたよ」
「すげえ……」
「経験と慣れです。相手をよく見ていれば、次に起こることはわかります」
「マジですげえ」
うん。すごい。それだけでは身のこなしは説明できない。
「どこかで武術を習っていたんですか?」
さらに踏み込んで尋ねてみた。彼は嫌な顔せずに穏やかに答えた。
「棒術を母から教えられました。模布市に住んでいた頃から。武の道を極めるため……というよりは、その心構えを身につけるためです」
「心構え?」
「カッとならない。常に穏やかでいる。人に敬意を払う。己の強さに増長しない。そういう、当たり前のことです」
武道と名のつくものは大抵、強さを求めると同時にそういう内面の清廉さも身につけるものだという。
戦いを礼から始めるもの。道と名のつく武術は、大抵精神も鍛えるものらしい。俺にもなんとなくイメージがつく。
店主の母は沖縄の出身らしい。琉球武術というものものにも、同じ教えが存在するのだろう。
「なるほど。わかりました」
「いいんですか?」
「……なにがでしょうか」
「もっと知りたい。そう見えました」
「……はい。知りたいです。けど、俺は相手を傷つける術を身に着けたいと思っただけです。武道ではなく。だから俺は、それを習うに値しない」
「勝ちたい相手がいるのですか?」
「いえ。ご存知の通り、模布市には怪物が出ます。身を守るための力が必要かなと思っていまして。だから武術は学びたいと思いました。精神まで身につける暇はなく、だから店主さんから学びを受ける資格はないなと」
俺たちが怪物と戦う最前線にいるなんて、本当のことを伝えるわけにはいかない。
「謙虚ですね」
「そうですか?」
「はい。武道に対する敬意がある。来てください。基本を教えますよ」
「本当ですか?」
「おおー。悠馬良かったね。戦い方知りたいって気持ちをまだまだ持ってたのは知らなかったけど」
完全に置いてけぼりになってた遥が、素直にお祝いしてくれた。
戦う術はいくらあってもいいものだから。
この店の二階が自宅になっているようだ。店主以外に家族がいる様子はない。母がいたとは聞いているけど、年齢的に既に鬼籍に入っているか施設に入所しているかだろう。
元は家族で住んでいた家。体を動かすちょっとしたスペースがあった。リビングと言うべきかもしれないけど。そこにマットを敷射て対峙する。
「本格的な練習は道場でするものですが、ここで失礼します。まずは基本の型から。そして、相手をよく見てそれに合わせた動きをする。それが全てです」
そして彼は練習用の棒を構えた。俺も同じ棒を渡された。
「試しにやってみましょう。どこからでも来てください」
俺は棒を武器として使うなんて初めてのことで、どうすればいいかわからなかった。とりあえず、振るよりは突く方が対象しづらいだろうと思って、真正面から少しずれた位置から攻撃した。
直後、俺の突きはあっさりと払われ、さらに店主の棒が俺の足元を掬った。
床に倒れた俺は悟った。
やってることは樋口としたトレーニングと同じだ。やられながら学ぶ。そして、敵の攻撃を躱して迫って倒すという戦い方も共通。
身につけられる気がした。
――――
店主が店を空けている間、遥とアユムで店番することになった。もちろんお金の受け渡しなんか責任持てないから、買うって客がいれば店主を呼びに行くことになるけど。
「いらっしゃいませー。あれ、るっちゃんじゃん」
「あれ? 遥がなんでいるの?」
「店番です」
仲のいいクラスメイトが興味を惹かれて来店して、遥がカウンターの向こうにいることに驚きの声をあげた。
「事情は複雑なんだけど、このお店の店主さんがすごい武術の達人で、悠馬が是非習いたいってお願いして。で、その間わたしが店番」
「うん。わからない。てか、双里くんがなんで武道?」
「ほら。怪物とか怖いじゃん? わたしを守るためだって」
「もー! 隙みせたら惚気るんだからー! このこの」
「えへへー」
友達に小突かれる遥。
一方のアユムは。
「おい。それ思ったより重いからな。絶対に落とすんじゃねえぞ? 慎重に持て。マジで慎重にな!」
クラスメイトたちにそう警告して、戸惑わせていた。
アユムの必死の努力によって、商品か傷つくことはなかった。




