10-31.砂浜膝枕
「落ち着け。普通に足がつくところだから」
「あ……」
「そう、いえば……」
俺はアユムのお腹を支えながら、自分はちゃんと足がつく浅さの所で泳がせていた。
浮力のおかげで、片足の遥でも立てる。アユムも当然、冷静になれば溺れることはない。
「あ、あははー。たしかに。いやー、忘れてた」
「うっかりしてた。安全のために浅い所にいたこと……まあでも、浅くても溺れることあるって聞くしな!」
「あー! たしかに! うん! 普通だよな!」
「そろそろ上がるか」
「やだ! 泳ぎたい!」
「オレも!」
「まったく……」
結局、俺は横になる遥とアユムそれぞれのお腹に腕を回して支えながら、ばた足するふたりを動かして浅瀬を歩き回ることになった。
バランスを取るために両腕はピンと伸ばしてる。これではまるで。
「なんかあれだね。アメリカのスーパーヒーローみたいだね」
「だなー。なんか格好いい。でもオレたちも同じようなものだよな」
「たしかにー。わたしたち、映画の中のヒーローと違って、本当に変身して戦ってるもんね!」
「オレたちこそヒーローだよな!」
体を支えて貰わないと泳げないヒーローを支える俺こそが、本当のヒーローなんじゃないかな。
美少女ふたりを抱えて歩き回る姿に、周りから羨望と嫉妬の入り交じった視線を感じる。
女の子のお腹に手を回すなんて、普通じゃないよな。俺はそこまで恥ずかしくないけど。背中流したことだってあるんだぜ。この事実を聞けば、青春に憧れて彼女が欲しくて仕方がない男子たちは激怒するだろうから、決して言わない。
クラスの安寧を守る。それもヒーローの務めだからだ。
「はー。泳いだ泳いだ」
「なんか、オレも泳いだって感じするな」
「そうか。それは良かった」
「今度は砂でお城作る?」
「俺は少し休む」
「あー。うん。そうだよね。わたしたちのお世話で疲れちゃったよね」]
しばらく泳がせた後、砂浜に三人並んで座る。遥も、片足のない変則的ぺたん座りで綺麗にバランスを取っている。
ふたり抱えて水の中を歩き続けるのは疲れる。本気で溺れたりしないように、常に気を使わなきゃだし。
俺が頑張って疲れてる事実をしっかり把握してる遥は、やっぱり人を見てる。時々馬鹿になることが多いだけだ。
「アユムちゃん。なにかお昼ごはん買ってきて」
「お、おう。わかった」
この季節でも海水浴客が普通にいて、それを目当てに屋台が並んでいる。アユムがなにか買おうと、そこに向かっていく。
ひとりになったのを話しかけるチャンスと見たクラスの男子たちが近づこうとしたけど、睨まれて退散していた。
「悠馬は休んでていいよー」
「ありがとな」
「ほら。遠慮しないで。左側から寝転んで」
遥が膝をポンポン叩きながら言った。
「いや、なんでだ」
「膝枕」
「なんでだ」
「座ってるより寝ている方が楽でしょ?」
「そうかもしれないけど」
「彼女だし、それくらいはします!」
「彼女じゃないからな」
「します!」
やりたいという遥の眼差しに強く拒否をすることはできず、疲れているのもあって俺はお言葉に甘えさせてもらった。
膝が途中しかない左側だけど、ぺたん座りしているから右側より左の方が確かに枕にしやすい。
遥にしか適用できない知識だと考えながら、横になって目を閉じた。
温かい枕。燦々と降り注ぐ太陽光に、波の音。どこかでモフモフのウミネコが鳴いている。肩に当たる砂浜の感触も心地よい。
「どう? 気持ちいい?」
「ああ。すごく」
「よかった」
「あー! おいこら! 遥おめぇ勝手になにしやがんだ!?」
「しー! 悠馬が気持ちよく寝てるんだよ? 静かにして。ほらアユムちゃんも、頭なでてあげて?」
「お、おう」
頭にアユムの手が触れる。遠慮がちに撫でるその感触も、心を安らがせるには十分だった。
「なんかさ。みんなオレたちの方、見てないか?」
「見てるねー」
「あ、ほら。あそこでも膝枕してる」
「あー。あのカップルね。仲いいって評判だしね。付き合ってる子たち、みんな真似してるね」
「そうだな。……でも、真似できねぇ奴はなんでオレたちばっかり見てるんだ?」
「そりゃ女の子に膝枕させて、他の女の子に撫でさせるなんて異様すぎる光景、気になるに決まってるからじゃない?」
「遥に言われてやったんだけど、やっぱりこれ変なのか?」
「まあうん。変だねー。でも楽しいでしょ?」
「それは、確かに」
「だったらいいじゃん」
「そうだなー」
俺がこれから学校で、周りから変な目で見られるのは間違いないだろうな。けど、この状況が心地よいのは間違いなくて。
気づけば俺は本当に眠ってしまっていた。
「悠馬。起きて。そろそろ宿に帰る時間だよー」
「ん? ああ。ごめん……マジ寝してた」
「だねー。悠馬の寝顔、可愛かったよ」
「そうか。……アユムは」
「寝てる」
「そっか」
アユムも慣れない泳ぎで疲れてたのだろう。やはり遥の膝を枕にして寝息を立てていた。
「ごめんな。世話かけて」
「いいのいいの。座ってただけだから。ほらアユムちゃんも起きて。帰るよ」
「ん……んあ。そっか。オレ寝てたのか……」
三人、笑い合ってからそれぞれ更衣室に向かった。




