10-30.沖縄の海
「あの幽霊屋敷の持ち主だ。急にいなくなった。俺はあいつのせいで……まともな道を外れた。いつか帰ってくると信じて、あそこで待っていた」
「そっか。その人に復讐するために力がほしいの?」
正蔵はゆっくりと頷いた。
「ティアラどう? こいつ、仲間に引き入れていい?」
「うん。いいと思う。でもその前に……身なりを整えてほしいな。このままの格好でフィアイーターになるより、綺麗な姿の方がいい」
「そう! たしかに! よし! あなた、お風呂に入って服装も綺麗なやつにしなさい! そうしたらフィアイーターにしてあげる!」
とりあえず目的は果たせそう。そう考えたキエラはおおはしゃぎで命令した。
――――
同室の奴らがなんとか女子の部屋に忍び込めないかとか、修学旅行の非日常感でなんとか告白を成功させられないかとか、そんな真剣な話し合いが行われているのに俺は一切関わらないで翌日を迎えた。
奴らも俺に話し合いに加わってほしいわけじゃない様子だし。
なんというか、俺はそういうのとは隔絶した存在になっているらしかった。理由はなんとなくわかる。
「海だー! いえーい!」
修学旅行二日目。沖縄の海で遊ぶ日。
もはや見慣れた水着姿の遥が、俺の肩を借りながら立って開放的な青い景色に歓声を上げていた。
他の生徒たちもみんな水着。青い海や空の写真をスマホで撮ったり、友達と記念撮影したり。クラスメイトのいつもと違う姿に目を向けていたりと、既に楽しそうな雰囲気に包まれていた。
アユムも着替えて、俺の隣に立っていた。
「海って広いな! マジででけぇ」
「悠馬ー! 泳ぎたいから体支えて!」
「あ! おい! オレだって悠馬と泳ぎたい!」
「アユムちゃんは自分で泳げるでしょ! わたし、悠馬に支えて貰わないと泳げないの! この足だから!」
「お、オレだって泳げないから! プールの授業とか苦手だったし! なんか海とか行ったことないし!」
「えー? 本当かなー? 川で泳ぐくらいしか遊ぶ場所がない田舎出身って聞いたけどー?」
「川とかねえし!」
「嘘はつくな。兄貴が川の生き物の観察、毎日夢中でやってたぞ」
「ほらやっぱりー。あれでしょ、アユムちゃんの田舎って今でも河童が生きてて、一緒に泳ぐのが当たり前なところなんでしょ?」
「いねえよそんなもん! さすがに今はいないからな!」
昔はいたみたいな言い方をするな。
「それにアユムちゃん絶対に泳ぐの得意なはずだし! 胸にそんなでかい浮き袋ふたつもつけてるんだから!」
「浮きっ!? これはそんなんじゃねえよ!」
俺を取り合って、遥とアユムが仲良く口論していた。泳ぎたいって言うなら俺は喜んで協力するけど、俺を挟んでそんな会話はするな。
顔を赤くして胸元を隠すアユムは、本人は気づいてないだろうけど男子たちの注目の的だった。やっぱりこの水着とアユムのスタイルは破壊力があった。
男子だけではなく、女子も驚きだったり羨望の眼差しを向けていたりする。同性でもやっぱり気になるのだろうか。
そして、俺も注目を浴びてしまっていた。不本意ながら、男子たちから羨ましいと思われているらしい。
ああ。わかるとも。彼女がいて肩を貸していながら、スタイル抜群の転校生にも寄り添われてるとか。ズルいよな。よくわかる。たとえ、俺が望んだ状況じゃないとしてもだ。
「俺も……絶対に彼女作る。この修学旅行で……」
沢木の小さな声が聞こえた。クラスメイト全員から振られた彼の試みがうまくいくかは知らない。俺が気にすることじゃない
俺がすべきは、このふたりの言い合いを止めることだ。
「アユムが泳げないのは本当っぽいな。ほら、順番に泳がせてやるから。一緒にいくぞ」
「よっしゃ」
「えー! なんで!?」
川で泳ぐしか娯楽の選択肢がないは言い過ぎだけど、川に行く子供たちが多かったのは事実。しかしアユムは俺を川まで連れて行ったことはあっても、一緒に泳ごうとは言わなかった。
泳げなかったからだと思う。
それから成長して夏のたびにプールの授業も受けただろうけど、だからといって泳げるようになったとは限らない。
「ほら。足がつくところで横になって。ばた足でパシャパシャやって」
「おう。……悠馬、ありがとな」
「これくらい大したことじゃない」
「うへー。悠馬を独り占めしたいのに」
「遥お前は……ちゃんと浮けてるじゃないか」
「浮いてるだけです。泳いでません!」
水面に仰向けになって海面に浮かんでいる遥は、首だけ動かして俺に羨ましそうな目を向けた。
「ばた足できないし。なんかこう、両手を動かして向きを変える以外は漂流してるみたいなものだし」
「そうか」
「あー。流されるー。悠馬助けてー」
「ほらアユム。行け。遥を掴め」
「いや、なんでそうなる」
「落ち着いて、顔を上げたまま、ばた足で遥の方まで行くんだ」
「ちょっ!? わたしが流されてる状況、アユムちゃんのトレーニングに使うのはよくないと思うな!」
「おい悠馬! 手を離すなよ!」
「わかってるわかってる」
ばた足してるアユムのお腹のあたりで支えているのだけど、それをゆっくり離していった。
小さな子供の乗る自転車を支えるお父さんみたいに。
「なあ悠馬! お前の手、だんだん離れていってないか?」
「海だからなー。人の体は浮くんだよ。だからそう感じるだけなんだ」
「そ、そういうものか。なるほど」
「あー! 悠馬アユムちゃんから手を離すんだったら! 次はわたしを泳がせてくれるってことだよね!? うわっ!?」
「おい」
「悠馬てめぇやっぱり離してるじゃねえか!? うおっ!?」
俺の気遣いをぶち壊しにした遥は海面でバランスを崩したし、遥に反応して急に俺を振り返ったアユムも同様だった。
「わっ!? ちょっ! たすっ! 助けて!」
「溺れるっ! 悠馬! 助けてくれ!」
「まったく……」
バシャバシャと海面を騒がしく波立たせながらもがく様子にため息をついて、俺は底に足をつけながらそれぞれの肩を掴んで立たせてやる。




