10-27.今日は人手不足
「特別製コアを作ってたら時間がかかっちゃったわ。でも、やっぱり必要みたいね。人間の死体からでも、普通のコアではフィアイーターは作れない」
公園で最初に見かけた銅像をフィアイーターにして暴れさせてから、キエラは公園にいたホームレスの中で一番人間味のなさそうなひとりを選んで殺した。
人間の善意やら理性が暴れるのを拒むなら、それが薄い人間を選んだ上で肉の塊に変えてから作ればいい。
人間味がないっていうのがどんな感じなのか、ティアラにはよくわからなかった。たぶん選んだキエラ自身もわかってない。
あまり期待せずにやってみたけど、やっぱり失敗だった。
「ふぃ、ふぃぁっ」
目の前にいるのは、ビクビクと体を跳ねさせている死体。放っておくと永遠にこのまま。
「やっぱり人間をフィアイーターにするのは大変ね」
「うん。仮にこれがフィアイーターになっても、わたしたちとお話しはできないよ」
「こちらの言うことを聞いて、継続的な戦力になってくれるならそれでもいいんだけど。でもこれは駄目ね。人間の脳って、思ったより複雑なのね」
人の心が邪魔なら、殺してしばらく放置して脳を腐らせたらどうだろう。
駄目だな。そんな腐った死体のフィアイーターは弱すぎる。戦力にならない。
「やっぱり、これを使うしかないか」
特別製コアを手のひらの上で転がした。
「わたしの中にもあるコア、作るのにかなり時間がかかったね」
「そうなのよ。量産はできない。だから半端な人間には使いたくないの。強くて、仲良くなれそうな人間。あと、人間のことが嫌いで人間を襲うのを躊躇わない人間。そんなのを探さないと」
フィアイーターを出した時点で、この周りにいた人間はあらかた逃げ出していた。公園で遊んでいた者も、ビクビク跳ねる男の仲間のホームレスも。
誰かいないものかとキョロキョロと周りを見回せば、こちらをじっと見つめる男がいた。
他のホームレスと同じような、ボロボロの服をまとった小汚い男。風呂に入ることも多くないのか異臭を放っている。
けどその目には、他のホームレスと違ってギラギラした意思が宿っていた。
あてもなくその日暮らしをするだけの人間の抜け殻とは、明らかに異なっている。
彼はこちらをどう認識しているのかな? 怪物を生み出す奴らなのか。それとも、怪物から逃げ遅れた哀れな少女と思ってるのかも。
「あら、あなた。なにか用? この人のお友達? ごめんね。彼は死んでるから、もう元には戻らないわ」
「ああ。殺している所を見たからな。それはわかった。……知り合いではあった。それなりの上客でもあったから、残念ではある」
「上客?」
彼の言ってる意味がよくわからなかった。けど、そんなことはどうでもいい。大事なのは、こっちに興味を持っているということ。
粗末な生活をしている割には、がっしりとした体つきをしていて強そうでもあった。
「ふうん。それで、わたしたちになんの用かしら」
「お前たちが怪物を作ってるで、間違いないんだな?」
「ええそうよ」
「そいつで、人間の怪物を作ろうとしていたんだな?」
「ええ。失敗したけど」
「俺を怪物にしろ」
「……ふうん」
まさか志願者が出てくるなんてね。
小汚いホームレスだけど、骨のあるやつらしい。やってみる価値はあるかな。
「あなたのこと、詳しく聞かせてもらえるかしら。わたしたちの世界に案内してあげるから。ああ、あなた臭くはないけど、ちょっと格好が不潔ね。まずはお風呂に入らないと、ね」
――――
「なんで今日も鷹舞公園なのよ! しかもまた銅像! 見たことあるやつ!」
「フィアァァァァァァ!」
「うっさい! あんたは黙って突っ立てればいいのよ! いや普段はなんか体を曲げてるけど! あと野太い声も似合わない!」
「フィァァァァァァァ!」
「スカート履いてるんだからそれっぽい声出しなさい!」
今日のフィアイーターもまた、鷹舞公園の銅像だった。広大な緑地の一角に立っている少女の像。短いスカートを履いて、バレエのシューズを直しているかのように体を曲げている。
小さい女の子のくせに胸の膨らみが確かにあるのが、なんかムカつく像だ。あの上半身は実は裸なのではと、初めて目にする学生が話し合ってるのはちょくちょく聞いた。
そんな思い出の像が、バレエみたいにぴょんぴょん跳び回っている。
「こら! 待ちなさい! そっち行くな! そこは病院! ああもう黒タイツ邪魔!」
「お待たせしましたセイバー!」
「状況は!?」
ラフィオと、それにまたがったハンターが駆けつけた。
状況と言われても詳しく説明する暇はなくて。
「見ての通り! わたしは黒タイツをなんとかするから、ラフィオとハンターでフィアイーター止めて!」
「普通逆じゃないでしょうか!?」
「人手があるならわたしがフィアイーターの相手してたけどね!」
今日はそういうわけにはいかない。また広い公園を散らばって、最悪公園の外まで出て人を襲う黒タイツをなんとかしないといけないから。
ライナーがいればその役目は任せられたけど、今日は自分がやらないと。
「こら! あんた待ちなさい!」
早速、フィアイーターと反対側へと走る黒タイツがいた。追いかけて斬り殺す。さらに遠くまで走っていた黒タイツも見つけたから、そっに行こうとして。
「加勢、必要かしら?」
覆面をかぶったスーツ姿の樋口が、そいつを蹴り倒して首を押さえつけた。
体重をかけて黒タイツの首を折り、確実に殺す。
「助かったわ。人手がなさすぎるの」
「わたしも公園内の黒タイツを探すわ。一通り見たら、あなたもフィアイーターの対処に移りなさい」
「わかった」
「レールガンも来てるわよ。人手不足をなんとか補いましょう」
「ええ。あのふたりがいなくても勝てるって証明しないと」
そしてふたり、別々の方向へ駆けた。




