10-16.割と本当に怖い
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!」
天井から吊るされたお化けなのか死体なのかがのうめき声と、アユムの悲鳴が見事にシンクロ。
俺の肩から離れて逃げるように先に進んだ。その途中、なぜか血まみれの手術台の横を通るのだけど。
バタンと音がして、台の下から何者かが這い出てきた。
「あああああああ!!」
慌ててそれから離れるようにしつつ、手術室の出口と思われるところに駆けていくアユム。出口の脇に、掃除用具入れのようなロッカーが置いてあった。
そんな所に不用意に近づけばどうなるか。バンと音を立てながらロッカーが開いて、お化けのようなメイクをした何者かが飛び出してくる。
「なにぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」
どんな悲鳴なんだろ。アユムはその場で腰を抜かしてしまった。俺もあのお化けが正直怖いんだけど、アユムが心配だから駆け寄って助け起こした。
遥たちも恐る恐る近づいていく。驚かせたお化けはいつの間にかいなくなっていた。それはそれで怖い。
「おいアユム。大丈夫か?」
「ひぐっ! あぅ。ひっぐ!」
「泣いてるのか?」
「な、泣いてねぇよお!」
目に涙を浮かべてしゃくりあげながら、アユムは必死に否定する。本人がそう言いたいなら信じてあげよう。泣いてるって指摘して本当に泣かせても困るし。
「ほら行くぞ。俺の腕を掴んで」
「うん……」
いつもよりかなりしおらしいアユムを伴い、手術室を出る。ふと振り返れば、何事もなかったように静まり返っていた。
「オレは大丈夫。幽霊なんかいない。いないから……」
俺の胸に顔をうずめながら自分に言い聞かせるアユム。胸の感触をあまり考えないようにしながら、アユムの頭を撫でてあげつつ歩みを進める。
「ね、ねえ悠馬。待って。手が震えて動けない」
車椅子の遥が後ろから声をかけてきた。ラフィオとつむぎもさらに後ろにいて、お互い手を取り合って震えてるから押せない。
「ら、ら、ラフィオ! 大丈夫だよきっと! これはお化け屋敷だから! 本物じゃないから!」
「わわ、わかっているとも。幽霊なんかいない。いないからな!」
ほとんど抱き合う勢いで励まし合ってるけれど、自分の言ってることが信じられていない様子。
「ほら。ゆっくり歩くぞ」
「ゆっくりだと怖さが長引く……」
「じゃあ、走るか?」
「無理ー」
まったくこいつは。
長い廊下を歩く。廊下の片側は窓になっているけれど、陽の光が差し込むわけではない。窓一面に赤い手形がびっしりとついていて、思わずそっちから目を逸らさずにはいられない。
と、廊下の途中に不自然にポツンとロッカーが立っていた。
「やばい」
誰ともなしにつぶやいた。
「あれ駄目だよ。絶対に中にお化けいるって!」
「いるだろうな。でも近くを通って進むしかない」
「いやいやいや! 駄目駄目! 絶対に駄目!」
「そうは言っても」
「悠馬先に行って!」
「俺を生贄にしようとするな」
俺だってちょっと怖いんだから。
「悠馬お願い!」
「頼む! オレたちには無理だ!」
車椅子に座ったまま俺の手を握る遥と、抱きつくアユム。
先に行ってほしいなら掴むなよ。
「わかったから。行くから」
俺が比較的平気だから、俺が行くしかないのだろう。警戒しながらロッカーに向かっていく。中に人の気配はないけど、ひたすら息を潜めているだけかも。
――オオオオォォォォ
「ひぃっ!?」
どこからか怨念の籠もった声が聞こえてきて、背後から悲鳴が上がる。振り返れば、怯えた顔の遥たちが先に進めとばかりに頷いていた。
五感すべてを駆使して怖がらせてくる遊園地の全力に頭を抱えながら、ロッカーの横を通る。
何も起こらなかった。なにか出てくるかもと思わせるだけで怖いという、心理的なギミック。お化けは出てくるから怖いのではなく、出てくるかもという雰囲気が怖いっていう面もあるのだろう。
振り返って、遥たちに親指を立てて見せた。みんなもホッとした顔を見せていた。遥も親指立て返して、四人揃ってすんなりロッカーの横を通って。
バンと音がしてお化けが飛び出てきた。
「あああああ!!」
「ぎゃあぁぁぁぁ!」
「わーん! ラフィオー!」
「おおおお落ち着け! 人間がやってるだけだ! べべべ別にここ怖くないからな! こわくなああああ!!」
めちゃくちゃ怖がってるラフィオとつむぎは手を取り合って駆け出した。アユムも足腰が抜けて四つん這いみたいな姿勢になりながら追いかける。遥は完全に手がすくんで動けなくなってるから、俺が押してやった。
とにかく逃げないと。でもここは廊下で逃げ場は一方にしかない。
そして向かった先には。
「悠馬さーん! エレベーターです!」
「マジか」
「やだー! もうエレベーター乗りたくない!」
「おい! 悠馬あれ! 幽霊が追いかけてくるぞ!」
本当だ。ロッカーから出てきた幽霊が、四つん這いでゆっくり迫ってくる。
「じゃあ乗り込むしかないか」
「なんでー! もう鏡の方は見ないから! 絶対に見ない!」
そう決意する遥を押してエレベーターに駆け込み、閉まるドアがちゃんとお化けを遮断するのを確認した。
そのドアが、しっかり鏡面加工されていて、俺は自分の恐怖に怯える顔と対面することとなった。




