10-8.幽霊屋敷
力仕事なんか、クラスの誰かにやらせればいいんだ。実行委員がやるのは事務方の仕事なんだけど。
確かにアユムには厳しそうだ。
「あなたも大変ですわね」
「わかってくれますか」
「ええ。とても。世話のかかる友がいる気持ちはよくわかります。ところで、聞きましたよ。お化け屋敷は、昭和の事件をモチーフにするらしいですね」
「架空の事件ですけど。というかなんで知ってるんですか」
「生徒会に、あなたのクラスの生徒もいますので。ご存知でしたら申し訳ないですけど、市内に幽霊屋敷の噂があるので参考になるかなと思いまして」
「……幽霊屋敷?」
「はい。昭和のどこかで事件が起こり、買い手もつかずにそのまま空き家となっている家だそうです。いわゆる事故物件ですね」
事故物件なら俺たちも使ってるし、そのせいで事件に巻き込まれたことだってある。大した騒ぎにはならなかったけど。
過去に事件があったとはいえ、過去は過去だ。世の中に魔法少女とフィアイーターはいても、幽霊なんかいない。だから怖がる必要はない。
でも、お化け屋敷の参考にはできるかもしれないな。
「本当の幽霊屋敷があるとしたら、そういうものなのかもしれませんね。鷹舞公園の近くにあるそうなので、よかったら行ってみればどうでしょうか」
「鷹舞公園か……」
つい先日行ったばかりだ。というか、幽霊屋敷ってかなり町中にあるものなんだな。
「おー。おもしろそう! 今から行ってみない?」
遥に話したところ、予想通り食いついてきた。
「絶対おもしろいよ! 行こう行こう! 愛奈さんも来るかなー?」
スマホでメッセージを送ったところ。
『仕事が忙しいので無理です!』
『てか幽霊とかいないし!』
『別に怖くなんかないです!』
『怖くはないけど非科学的だしそういうのよくない!』
『あー! 仕事楽しいなー!』
と、怒涛の勢いで拒否の返事が来た。
それから。
『そこ、ホームレスの溜まり場だから気をつけなさいよ。勝手に入ったら怒られるでしょうし、外から見るだけにしなさい』
そんな、とても現実的な注意喚起も来た。愛奈はその幽霊屋敷を知ってるらしい。
別におかしなことではないか。四年間通ってた大学の近くだ。噂くらいは聞いたことがあるのだろう。
「そうなんだ」
「あの公園自体ホームレスが多いって聞いてるからな」
「なあ。そういう場所に行くの、危なくねえのか?」
「危なくはないでしょ。ホームレスって別に犯罪者でもないし。普通に良識ある人だよー」
「いや、危ないからな。近くを通るだけにするぞ」
「えー。でも、悠馬が守ってくれるだろうし、いいでしょ?」
「トラブルになったら困るのは、教えてくれた生徒会長なんだよ」
どうも三咲も詳しく知っている様子ではなく、ホームレスの情報も頭になかったらしい。聞いたことがある程度の噂話を親切心で教えた結果、生徒に問題が振りかかれば、あの真面目な生徒会長は本気で後悔する。それはよくない。
というわけで、とりあえず鷹舞公園の隣の駅までは向かうけど、そこから先は様子見だ。
二日前に怪物が暴れたことをみんな忘れたかのように、穏やかな夕方の時間が流れていた。
駅は公園の北西部に隣接していて、高架になっている線路下には数人のホームレスがうずくまっているのが見える。駅の公園の反対側は、広い道路と小規模なビルが立ち並んでいる。飲食店や商店も多い。
さすがに布栄なんかと比べると見劣りするとはいえ、そこそこの繁華街と言える。
愛奈の大学は公園の東側にあり、北には大学病院がある。南側は住宅地で、どうやら霊の幽霊屋敷はそこにあるらしい。
駅から高架下に沿って南に向かっていく。途中で図書館があるのを見つけた。
「聞いたことあるぜ。暑い季節は、図書館にホームレスが集まるってさ。どこの地域でも同じでな」
「ただで使えて涼しいからか。なるほどな」
ホームレスが固まっているのも公園の南側らしい。ちなみに公園全体を見れば、子供が遊ぶための遊具があったり野球場があったりするのも南側だ。
北は本当に広い緑地があるだけだからな。あといくつかモニュメントがあったり、緑地を突っ切るいい感じの道もあったりするけれど。
車椅子を押して公園の外周部を歩けば、たしかに外からでも彼らの姿は見える。もちろん、街の中心地にある公園なわけで、その他の人通りも多い。犯罪は起こりにくい場所だ。なにかしてくるわけじゃない。
もちろん注意は怠らないけど。
遊具が集まる公園みたいなエリアでは小さな子供とその保護者が遊ぶ、平和な光景が見えた。彼らはこの近隣の住宅街から来ている。もちろん公園の南側だけではなく、周辺一体から。愛奈から、大学の裏手にも住宅地が広がっているというし。
その住宅地の一角に幽霊屋敷はあって、ホームレスのたまり場になっている。小さな子供がいる家庭があつまる地域には、そういう不気味な空き家か公園の片隅にしか、ホームレスの居場所はない。
隔離場所があるのが良いことなのかは、俺も知らなかった。
「うーん。この事件なのかな。介護に疲れた息子が親を殺したっていう事件。年代も昭和だし場所も一致してる」
車椅子の操作は俺に任せながら、遥はスマホで事件のことを調べている。




