10-5.どっちも愛奈
自分がやると言ったのは、年長者だから率先してやる意味もあるし、剣を武器にしているから遺体をあまり傷つけずに済むからでもある。
他のみんなは誰からやるというわけでもなく、目を閉じて手を合わせた。異世界人であるラフィオも小さな体でしている。
バーサーカーも、かなり戸惑いながらも倣った。
セイバーの剣が男の胸から腹にかけて、一気に引き裂いた。血は出ない。その代わりに闇が見える。その中に確かにコアはあって、それを剣で突いた。
人の体をしたフィアイーターが死体に変わった。着古した服に血が滲んで、目から生気が失われる。
「樋口さん。あとはお願いできる?」
「ええ。任せて」
「みんな。帰りましょう。わたしは一旦会社に戻るわ」
もう一度、遺体に一礼してからセイバーはブルーシートの幕から出た。
「……なあ悠馬。オレ、魔法少女の戦いってよくわかってなかったんだけどさ」
「うん」
「人って死ぬんだな」
「そうだな。人は思ってたよりあっさり死ぬ」
この人は、フィアイーターに襲われて死ぬのとは少し違うパターンだったけど。
キエラは人間に対してあまり情を持っていない。この世界を憎んですらいる。ティアラの影響もあって、少しは興味もあるかもしれないけど、人の死に対してはなんの感情もない。
「こういう時って、なんというか……許せねえって思えばいいのか?」
「それでいい。キエラは許せない。奴の野望は打ち砕くし、殺さないといけない」
「ああ。殺す。……殺す」
目の前のホームレスは、アユムにとって知らない人間。でも、死ぬのは嫌だった人間。
こういう人間を殺させないために、キエラは殺さないといけない。
「セイバー……愛奈は強いよな」
「姉ちゃんが? そう思うか?」
「思う。めちゃくちゃ強い。自分が魔法少女ってことをよくわかってる。それに年上なことも」
「まあ、そうだな」
鷹舞公園から出て、みんなで一旦学校に戻って車椅子を回収して、改めてバスに乗って帰る。
俺が一番よくわかっている。愛奈は強い。しっかりしてる。俺の保護者で、姉ちゃんだからな。
「うえー! 頑張ったらお腹すきました! てか飲まなきゃやってられません! ゆうまー! お酒注いで!」
「自分でやれ」
「うわーん! 悠馬が冷たい! 反抗期でしょうか!?」
家に帰ると、愛奈は少し先に帰宅していた。ソファに座って缶ビールを開けていた。
「悠馬さんおかえりなさい! ご飯、もう少しで作れますよ!」
「作るのは僕だけどね」
「えへへー。わたしも手伝ってるから!」
「それは嬉しいけど」
エプロン姿のつむぎがキッチンから顔を出した。ラフィオも声だけで会話に参加した。
「はー。子供たちが積極的に家のお仕事してくれて楽ねー。こうやって、永遠に誰かに養われたい。養って」
さっき、かなり悲壮な覚悟と使命感でひとりの人間を殺した愛奈は、普段の駄目社会人に戻っていた。だらしなくソファにすわって、ひたすらビールを飲んでいる。
「なんか……わからなくなってきた。こいつなんなんだ……?」
セイバーとしての姿に最も心を動かされたアユムは、今の愛奈とのギャップに混乱している。
「見ての通りだよ。これが普段の愛奈だ」
「いやでも。さっきのは? え?」
「わかんないよねー。愛奈さん、やる時はやるんだけどそれ以外は全然駄目で。頼れはするけど普段は頼りないっていう」
「えー。なになに遥ちゃんわたしの話ししてるー?」
「はい。してますしてます」
「褒めてるのかにゃー?」
「いえ。褒めてはないです。文化祭でお化け屋敷やるのが決定したので、お姉さんを怖がらせるにはどうすればいいかの話し合いをしようかなと」
「ひいぃっ!? ほんとにやるの!?」
「ええ。わたしたちが実行委員なので。それでお姉さん、一番怖いお化けはなんですか?」
「お、お化けは全部怖いわよ!」
「参考にならないですねー。いっぱいいるじゃないですか、お化けって。どの方向からやるべきか、わたし悩んでるんです。戦国時代の落ち武者の幽霊か、江戸時代のお菊さんかお岩さんか。学校の怪談か」
「どれも嫌です! てか! なんで私を狙い撃ちにするのよ!? 文化祭だったらみんなが怖がるのにしなさい!」
「お姉さんが一番怖がってくれて、やりがいがあるからです!」
「嫌なやりがいだからやめて!」
高校生が作るの文化祭レベルのお化け屋敷にも本気で恐怖する愛奈に、もはや姉としての威厳などなかった。
「やっぱり、オレ愛奈のことがわからねえ」
「うん。俺もわからない」
ただ、受け入れるしかないだけだ。
「絶対に、お姉さんを本気で怖がらせてあげますから!」
遥は意気込んでいるけれど、本気で怖がらせたらたぶん、愛奈はお化け屋敷を完走できないだろうな。
それからすぐにラフィオが夕飯を持ってきて、愛奈は現実逃避するために酒と一緒にそれを胃袋に流し込んだ。作り甲斐がないとラフィオが冷たい目で見てたけど、気にする愛奈じゃない。
そして遥から離れるために風呂に向かおうとしたけど。
「シャワー浴びてる時に、後ろから視線を感じても振り返っちゃいけませんよ。そこには、確実にいるので」
「やめてもうお風呂入れないじゃない! 悠馬なら見られても怖くないから一緒に入って!」
「断るさっさと行け」
「悠馬はわたしと怖い話するのに忙しいですから! お姉さんも聞いてきます?」
「お断りします! では!」
逃げるように風呂場に走る愛奈。本当に騒がしいな。




