10-1.秋の楽しみ
ここ数年、秋という季節は消滅の危機を迎えていて、夏の暑さが残る日々がいつまでも続いたと思ったら唐突に寒くなる。ちょうどいい涼しい季節は無くなったと主張する人間は多い。
気候変動とかそういう問題については専門家に解釈を任せるとして、俺たちの肌感覚としても理解できることだった。とにかく毎日暑い。
それでも、暦の上で秋は間違いなく来る。暑さも徐々に和らぐことだろう。
そして、秋の学校行事も続々とやってくる。
「というわけで、文化祭の出し物はお化け屋敷になりましたー! やったー!」
松葉杖で教壇の前に立つ遥が、とても嬉しそうに発表した。
今はクラスのホームルームで、文化祭について話し合う時間。
文化祭では、お化け屋敷は定番だ。たぶん全学年見れば、他のクラスでもやろうとする所がもうひとつくらいあるだろう。
それとどう差異を出していくかは実行委員である俺たちの課題。まあ、どれだけやっても所詮は高校生のお遊び。気軽にやるべきだ。
ちなみに反対意見はあまりなかった。喫茶店とかやりたいという声も少しあったけど、遥が事前に根回ししていたらしい。それこそ、委員決めの時にお化け屋敷をやると宣言した時から、ずっとやってたのだろう。
文化祭で何やるかに真剣になる者もあまりおらず、遥の社交性の高さから決定の日にはクラス全体の意思は統一されていた。
「よし! ではみなさん、世にも恐ろしい恐怖の館を作るべく頑張りましょう! ちなみにホラー苦手ってひといる?」
ちらほらと手が上がった。
「よし! じゃあ君たちの意見も参考にしつつ、全体の演出を決定していきます! みんな案があればどんどん言ってね!」
ホラー嫌いなのにその中身を考えさせられる奴らは大変だな。参考にはなるだろうけど。
遥がこんなに全力なのは、もちろんライバルである愛奈を怖がらせるため。それから、足が片方ないという自分の特徴を一番活かせるやり方だと確信しているため。
「やっぱり、日本風のお化け屋敷にするべきかな?」
「はいはい! 妖怪とかがいっぱい出てくるタイプはどうでしょうか!」
遥と特に仲がいい女子が手を上げて、そのまま立ち上がって意見を言う。
「妖怪かー。面白いかもね」
「遥は唐傘お化けやるとか!」
「うんうん。あれ、一本足だもんねー……って! やだ! なんかかわいいし、間抜けな顔してるじゃん! てか、わたし顔隠れちゃうし! もっと目立ちたいです! 一本足ならなんでもいいわけじゃなくて!」
はははと、クラスから笑い声がした。
意見を言った女子も冗談のつもりだったらしく、言い返した遥に怒ることもなく座って発言を終えた。
結局ホームルームでは、それ以上は特に決まったこともなく終わった。引き続きアイディア募集中で、俺たちがそれをまとめて全体の方向を決めることになる。
ちなみにホームルームの間、俺とアユムは特に何もしてなかった。強いて言えば、何をやるかの意見を黒板に書き出して、お化け屋敷が圧倒的多数なわかりきった結果が出るまで正の字を書くだけ。
遥が全部回したから、本当にすることがない。
「いいのいいの! これからやることはたくさんあるから! なんかほら! お化け屋敷の中身を決めるのはわたしたち三人だし!」
「それはわかるけどさ」
放課後。教室から出ながら三人でバス停に向かう。
「なんというか。遥が全部やってる感があって。オレたちいるのかなって」
「いるいる! みんなで家に集まって、方針を話し合うみたいなことするもん!」
「最初からみんな一緒に住んでるんだから、特別感ないだろ」
「あ、あるかもしれないし!」
遥は必死だ。それだけ、文化祭を楽しもうと考えてるのはわかるけど。
「秋はいっぱいイベントあるからね! 文化祭もそうだし、体育祭もあるし修学旅行も!」
「修学旅行かー。この学校はどこ行くんだ?」
「沖縄」
「そっか。……うちの地元の近くに行くとかだったら、意味ないよなって思いかけた」
「それはなー」
転校生はそういう危惧もするのか。
日本の地理を考えれば、模布市はちょうど中心くらいにある。中部地方って言われてるくらいだし。
正確には中心の下よりだ。海に面してるからな。
それでも、地元の大学生たちがど真ん中祭りなるイベントを毎年行っているあたり、真ん中というイメージは定着してると言える。
だから、学校の歴史の中で修学旅行の行き先はちょくちょく変わってきたらしい。東にある学校なら西に行くし、西の学校は東に行くけど、真ん中の模布市はどこにでも行けるから。
まあ、ここ数年は沖縄が定番になっているらしい。修学旅行の時期でもまだ暖かく、海で遊ぶこともできる。
「アユムちゃんも水着が着れるね! やったね!」
「水着かー。地元じゃ、そういうの着る機会なかったからなー……あ」
「ふふふ……」
「み、水着は自分で選ぶ!」
「まあまあ。そう言わずに。似合うの選んであげるから」
「うわー!?」
また着せ替え人形になるのを恐れて、アユムは逃げ出そうとした。
逃げること自体はできるよな。車椅子の遥は速く動けない。
でも、帰る場所が同じだから結局は逃げられない。
「そういえば遥。体育祭はどうするんだ? 見学か?」
「あー。それねー。玉入れくらいなら手伝えるよ! あとは応援に全力を出します!」
片足がなくても体育祭は楽しむつもりらしい。遥は自信満々に親指を立てた。
こういう前向きさは見習っていきたい。
「秋は楽しいことがたくさん! 全力で楽しんでいきましょう!」
「うん。勉強も頑張ろうな」
「うー。それはそれ! これはこれです!」
「まったく」
まあいいけど。遥に学問を怠らせる気はないけど。一緒に住んでいるから逃げられないのは遥も同じだ。
そして、秋の楽しみ以外にやらなきゃいけないことと言えば。
「うわ。フィアイーター出た?」
スマホから警報音が鳴り響いた。




