9-34.オレはアユム
魔法少女たちは常に自由だ。自由すぎて俺が困ることもあるけど、あれは美点だ。そして、アユムも自由に生きていい。
「女の子らしくない女が普通に生きてられるのが、この街だ。好きにしていいんだよ。怪物が暴れて魔法少女が戦うような街だぞ。アユムみたいなの、特別の範囲に入らないから」
「そ、そうか。そうだよな。そうか……アタシ、じゃない。オレ! オレの好きなように生きていい!」
アユムが自信に満ち溢れた表情で、声を張り上げた。
それと同時に、どこかで話し声が聞こえた。女の子の楽しげな会話。
怪物が近くで暴れてる割には呑気な会話だ。しかも、カラオケの部屋ではなく、店のバックヤードに続きそうな部屋から聞こえてきた。
不審に思い、そっちに向かうと。
「すごい。レンジでチンするだけで揚げ物ができるなんて!」
「人間も面白いもの考えるのね。それにおいしいわ」
「カラオケっていいところだねー」
「歌って何が楽しいかは、わたしにはちょっとわかんないけどね」
キエラとティアラが楽しそうにおしゃべりしながら、フライドポテトを食べていた。
「お前ら。なにを」
「あら。あなたは……ラフィオと一緒にいる男じゃない。ということは魔法少女も近くにいるのね。ラフィオはいる?」
「もうすぐ来る」
「そう。ラフィオと一緒に食事したいって思ったんだけど。待たせてもらおうかしら」
「ラフィオがするはずないだろ。お前のことを憎んでるんだから。ぶん殴られておしまいだ」
「ラフィオが! そんなこと! するはずが! ……ええ。ラフィオは女たちにたぶらかされてるもの。かわいそうなラフィオ。人間の女に囲まれて、本当に愛さなきゃいけない人を見失ってるのね」
あれだけ拒絶されながら、そんな解釈ができるのは逆に才能だ。
「わたしが目を覚まさせないと。ねえ……後ろにいる女は誰?」
「お、オレか?」
「まさかあなたもラフィオを狙って」
キエラが摘んでいたポテトを放り投げて、獣の姿になった。ピンク色の怪物。
「おい悠馬。こいつ何なんだ」
「怪物を作ってる奴。キエラだよ」
「こいつが!?」
「ティアラ! この女をぶっ殺すわよ!」
「え、ええ! わかった!」
「アユムこっちだ!」
キエラは人外のパワーを持っているし、ティアラもフィアイーターだから俺がまともに戦える相手じゃない。しかもアユムを守りながらなんて無理だ。
ならば逃げるべき。
アユムの手を引いて走る。当然奴らは追いかけてくるし、キエラの方が脚力は上だ。だからすぐに追いつかれる。
カラオケの個室のうちのひとつに入り込み、扉を閉める。鍵なんかかけることはできないから、扉の取っ手を全力で持った。
振り返って部屋の中を見た。そんなに広くはない、数人用の部屋。
そこに先客がいた。なぜか埃で汚れた制服姿の男女。怯えたような表情で寄り添い合っている。
逃げ遅れて、ここで息を潜めてたのかな。巻き込んでしまった。
直後、扉に強い衝撃。ミシリと、扉が歪む音が聞こえた。小窓の向こうにキエラたちの姿が。
安い作りの扉だ。ぶち破られるのは時間の問題。
「デンモクを取ってくれ!」
「でん? なんだよそれ!」
「そこの四角いやつ!」
カラオケの選曲に使うリモコンなんて、アユムが知ってるはずがなかった。避難してた男の方が先に動いて、俺に手渡してくれた。
獣のキエラが、再度扉に体当たりをかます。俺はそれに抵抗せず、扉から離れた。
キエラの顔が部屋の中に突っ込んでくる。入れはするし、中で暴れられたらこちらの逃げ場がないサイズ。
俺は手に持ったリモコンで奴の鼻を上から思いっきり殴った。
「ぎゃっ!?」
キエラと、それに乗っていたティアラが一度引いた。
「今だ逃げろ! ここは危ない!」
呼びかけた途端、隠れていた男は恋人らしい女の手を引いて駆け出す。キエラの横を通って走り去る音。
キエラもそれを追いかけようとはしなかった。その視線は俺に向いている。
「やったくれたわね……」
「キエラ、大丈夫?」
「ええ。平気」
壊れた扉を挟んで、俺と奴らは対峙している。
さっきは不意を突くことができたけど、そう何度も通用する手ではないよな。
「人間のくせに生意気。死ね!」
突進をかけてきたキエラに対し、俺はまたリモコンを振る。けど同じ手が通用する相手じゃない。
キエラは避けた。その上に乗っているティアラが飛びかかってくる。
咄嗟に引いた俺に、ティアラの拳が迫る。リモコンを構えて防御したところ、液晶画面が割れる音がした。俺の腕にも強い衝撃。
よろめいて、部屋の中央に鎮座する椅子に座る形になった俺にティアラが追撃をかけようとして。
「っしゃオラ! てめぇが死ね!」
アユムがティアラの頭に、丸い椅子を振り下ろした。本来は転がして移動させる物だから、それなりに重さがある。それが頭部に直撃したティアラは、大きくよろめきモニターに向けて倒れ込んだ。
「好き勝手してんじゃねぇ! いやオレは好きに生きてやるつもりだけど! 他人を傷つけるのは良くねえ! と思う!」
「そこは堂々と言っていいぞ」
「おう! 堂々と! オレはお前を許さねえ!」
「なによ。いきなり出てきた小娘が偉そうに」
「小娘じゃねぇから! オレはアユム! 女川アユムだ!」
そしてアユムは、今なら成功するのがわかっていたと言うように、スカートのポケットから緑色の宝石を取り出した。
自分のあるがままの振る舞いで生きる。女の子らしくするよう親から押し付けられていた環境から解放されたアユムの望みは、既に叶っていた。
それを自覚した途端、宝石はアユムに応えてくれたらしい。
「ビート! シャイニーバーサーカー!」
バーサーカー。狂戦士。かわいさとは程遠いイメージの存在だけど、アユムにはぴったりだ。




