9-31.翌日の筋肉痛
魔法少女のコスプレしてトンファーで戦うのは、確かにすごい。運動部ではなくそのサポート役がやってるというのも、普通ではない。
「鍛えてるからね」
「陸上部すげぇ。真似できない」
「まあまあ。悠馬も最初はこんな感じだったし。アユムちゃんもすぐに走れるようになるよ」
「そ、そうだな。アタシも追いつかないと。走ってくる!」
「待って。オーバーワークは駄目だよ」
「ぐえっ」
剛が、駆けだそうとしたアユムの後ろ襟を掴んで止める。
「休息も立派なトレーニングのひとつ。しっかり休みなさい」
「うー……」
「疲れたでしょ? 次は、楽な走り方を覚える段階に行こう。それを身に着ける前と後の違いを実感して、走るのが苦痛なだけではないって思ってほしいんだ」
「お、おう? 走り方か。なんか部員にも言われてたな」
「スポーツは科学だよ。正しい方法でトレーニングすれば、結果が出てくる。一緒にやってみよう」
「じゃあ、先輩はアユムちゃんのコーチしてください。わたしは悠馬のコーチを引き続きやりますので」
「おい遥! ずるいぞ!」
「ずるくないでーす。悠馬、走れそう?」
「ああ。行ける」
「じゃあ柔軟してから、グラウンドをもう三周しよっか」
「わかった」
「アタシも行くぐえっ」
「アユムちゃんは僕と一緒に。遥、あまり悠馬くんを独占しないようにね」
「でもわたし、彼女なので!」
「違うって聞いたぞ」
「この部活内では彼女で通ってるので! だから悠馬、遠慮せずわたしと仲良く」
「走ってくる」
「あー! 待って!」
こいつらの話に付き合ってられるか。
経験者である遥がコーチに向いているのは間違いないから、俺は有意義なトレーニングを終えて夕方を迎えられた。
フォームの勉強とか絶対に苦手そうなアユムは、体ではなく頭が疲れた様子でヘロヘロになりながら俺の隣を歩いている。俺は遥の車椅子を押してやり、揃って帰り道を歩く。
「なんだよ。スポーツは科学って。走りゃいいってもんじゃねえのかよ。あー! 何も考えずに走りたい!」
「科学なんだよー。考えて走らなきゃ、タイムは縮みません!」
「別にタイムを競ってるわけではないんだけどな」
敵を倒すための基礎体力作りだ。
「けど、走るのが上手くなったからって、あの怪物に勝てるのかよ」
「体力がつけば、次は樋口が格闘術を教えてくれる」
「格闘術!? 殴ったり蹴ったりする!?」
「いや。投げ技が基本。あとは、バランスを崩させて転ばせる技とか。そのやり方とか、型とかの練習だ」
「……なんか難しそうだな」
一瞬だけ食いついたアユムだけど、すぐにテンションは下がってしまった。
「難しいこと覚えるの、苦手そうだもんね」
遥がそっと言う。昔からそうだったよな。
翌日。
「か、体が痛い……」
「え? アユムちゃん筋肉痛?」
「これが筋肉痛……?」
朝から体の不調を訴えてきたアユム。確かに昨日は運動したし、普段は使わない筋肉も使っただろうけど。
俺の時はそんなのならなかったぞ。
アユムの場合、普段からもっとはしゃいでそうだし。つまり運動してるわけで、筋肉痛なんかになるとは思わなかった。
「なんというか……田舎じゃ最近そんなに走り回ったりはしてなくて。体育もそんなに真面目には受けてなかったというか。久々に運動した気がする」
「そうだったのか」
子供の頃のイメージで考えてたから、意外だった。
「女が走り回るとか、はしたないって言われてたから」
「なるほど」
そう言われているのは、前も聞いた。推測すれば簡単なことだ。
「まったく情けねえ。魔法少女になっても、これじゃあまともに戦えない」
「変身しちゃえば、筋肉痛の心配なんていらないんだけどね。大丈夫? バス停まで歩ける?」
「歩けなさそうなら、いっそのこと学校休む? わたしも一緒に休んであげるわ」
「姉ちゃんはさっさと仕事に行け」
「ううっ。弟が冷たい」
油断するとすぐに休もうとする愛奈は、さっさと玄関から送り出した。
それでアユムだけど。
「歩けはできそうだ。けど走ったりは無理だ……」
「それでいいよ。歩けるなら十分」
「今日はトレーニングできそうにない」
「いいのいいの。毎日やるものじゃないし。こうやって体を休める日に、筋肉が回復して強くなるんだから」
「……そういうものなのか?」
「そうなの! 今日は放課後、どこかに遊びに行こっか」
「お、おう。遊びに……」
「カラオケとか!」
「カラオケ!? 行く! いてて……」
勢いよく体を動かしたら、そりゃ痛くなるって。
アユムは未知の文化に触れることに、今から目を輝かせていた。少しの間、痛みを忘れることができたようだった。
「ほらバス停まで歩くぞ」
「悠馬運んでくれ……」
「駄目です! 悠馬はわたしの車椅子を押さなきゃいけないから!」
「お前は自分で動かせられるだろ!」
「アユムちゃんだって痛いの我慢すれば歩けるし!」
「みんな。早く出ないと遅刻するぞ」
つむぎの手に握られてうんざりしてる様子のラフィオに言われて、俺たちは慌ててバス停まで向かった。俺は遥の車椅子を押しながら、アユムに体を預けられながら歩いた。どういう状況だ、これは。
ちなみにアユムが得たのは筋肉痛だけではなくて。
「駄目だ。寝ちゃいけないってのはわかってるけど……無理だ」
「おい」
一限目の後の休み時間。眠そうな目を擦りながら話しかけてきた。
運動の疲労も回復してなかったのか。だからって寝るなよ。
「わかるー。あの先生の声、眠くなるよねー」
「おい」
遥も同調するな。
駄目なやり方なりに、学生生活を楽しむのは良いけど。




