9-30.アユムと陸上部
「悠馬! 遥! 助けてくれ!」
「悠馬。ここはアユムちゃんに任せよう!」
「なんでそうなる」
「みんなと仲良くするのもアユムちゃんに必要なことだよ!」
「なるほど」
「おい! ふたりで納得するな! 助けてくれ!」
「素直に連絡先は交換しておけばいいよ! 男子からの告白は基本断ればいいから!」
遥の言うとおり、それだけの簡単なことだ。初めてのアユムには荷が重いってだけ。
まあ、ずっと続くことじゃない。放っておくか。
こんな感じで、アユムの学校生活は本格的に始まった。
残念ながら勉強はそんなに得意ではないことが判明した。一方、俺の手を引いて田舎町を駆け回っていた頃の体力は健在らしく。
「うおおおおおおおお!!」
体育の時間。
今日はチームに別れてバスケをやるのだけど、女子としては恵まれた体躯によって豪快なドリブルと共にゴール前まで一気に迫って投げる。立ちはだかる相手チームをものともせず、持ち前のパワーで安々と突破。そしてシュート。
「あ。外れた」
「なんでだよ!」
パワーはあるけどコントロールには難があるんだな。
けど、体力があるのはいいことだ。
「陸上部?」
昼休み、弁当を食べながらアユムが聞き返してきた。この弁当はもちろん遥の手作り。双里家に住むということで、俺たち三人の昼食を用意することになった。
愛奈の分も作ろうかという話になってたけど、それは本人がお断りしてた。社食がうまいそうだ。
それはそうとして、俺はアユムに陸上部でのトレーニングを提案した。
「魔法少女になるにしても、体力はいるだろ?」
「いるかな? まあ、無いよりある方がいいよな」
「変身したら強化されるし、実際にはあまり役に立たないかもしれないけど……それでも鍛えた方がいい」
「効率のいい体の動かし方っていうのがあるからねー」
「効率?」
「疲れにくい走り方とか。より速く走るフォームとか」
「そんなのあるのか」
アユムは、初めて知る概念だとでも言いたそうだ。
体育の授業で習わないわけではないけど、そんなに深くはやらないもんな。
「わたし元陸上部だから! 部長とも知り合いだし、悠馬も普段から混ざってトレーニングしてるし。アユムちゃんもやってみれば良いと思うな!」
「そうか。わかった。じゃ、ちょっとやってみるか!」
やる気になったアユムが、放課後体操着に着替えて陸上部に混ざる。文香先輩は何も訊くことなく了承してくれたし、他の部員もアユムの存在を歓迎しているようだ。
夏仕様の体操服の胸元に、男子の視線が向かっているような気がするのは気のせいだと思う。
「こら。お前たちデレデレしない! 遥にお願いされて受け入れたんだ。変な気を起こさないこと。いいね!」
あ。部長が怒った。それでみんな少し気を引き締めたらしかった。
まずは基礎訓練のランニングから。俺はこれを走るだけでも最初は大変だった。フラフラになりながら完走した覚えがある。
けど、今となってはかなり違う。少なくとも、途中で投げ出したくなるほど疲れることはない。
同じく日々成長している陸上部員には、やはり追い越されるけど。こいつらは、やっぱり化け物だ。
「いいよいいよ成長してる!」
「常にフォーム意識して!」
「成長の実感が君にもあるはずだ!」
「格好いいよ! 頑張る君は美しい!」
「君、いい体してるね陸上部に入らないかい?」
「フォーム良くなってるよ!」
「ほらまっすぐ前を見て。そこへ行くってイメージしながら走ると良いよ」
とまあ、相変わらずアドバイスとそれ以外の言葉を受けながら走ることになる。俺を追い抜く奴らの横顔はムカつくほど爽やかで、体力の差を感じずにはいられない。
いいさ。こいつらは黒タイツと戦うことはできないんだから。
一方のアユムといえば。
「ほら。もっと腕を振って」
「つま先から地面につけるイメージで走って」
「気合いは十分だね!」
「胸を反らして。前を見て」
「いい目をしている……」
「ペース配分気をつけて! 最初から全力は出さない」
「体つきは良いんだよねえ。陸上部に入らない?」
やっぱり勧誘をうけていた。
かつての俺と同じく、かなり苦労をしながら走ってる様子。
それでも諦めず、走るのをやめないあたり、やる気があるのは間違いなさそうだ。
「うすっ! うおおおお!!」
「あ! こらだから全力は駄目だってば!」
「それ短距離走の勢いだよ!」
やる気があるのはいいけど、技術が身についていないのが問題だな。
案の定、スタミナ切れでバテた。
「つ……疲れ……歩けない……」
グラウンドの端で、アユムは地面に座り込んで息を整えている。俺も遥も近くにいてやることに。
「アユムちゃんは、もう少し短い距離から始めるべきだったねー」
「走るのってやべぇな……」
「慣れれば、そんなにやばくないけどね」
「マジかよ陸上部員やべぇ……」
やばいで全部表現しようとするな。
「はい。はちみつレモン。頑張ってるようで何よりだよ」
剛がコップを持ってこっちにやってきた。
「あ。あざっす、先輩。本当にマネージャーだったんすね」
「まあね。家の事情でマネージャーしかできなくて」
「マネージャーでも、あれだけ動けるんだからすげぇ」
先日の戦いのことを言ってるのだろう。




