9-29.もう少し気楽に
澁谷たちは距離が近いから、こういう姿も見せてくれる。職場では立派な社会人を演じてるけど、素はこんなもの。
それから、アユムが見慣れてない大人だから、駄目なところがより目につきやすいとか。
アユムを呆れさせるには十分だな。呆れてるのは、他のみんなも同じだけど。
「まだまだ暑いですし、そうめんもおいしいですよね。いただきます」
「あさみー。水持ってきて。わたしも、まだ二日酔いなのよ」
「先輩もですか!? なのに戦ったの、すごいです! はいどうぞ!」
それでも昼食を用意してくれたのは嬉しい。駄目な大人たちと一緒に、そうめんをズルズルとすすった。
これを選んだのは、作るのが簡単だったからかな。それとも。
「あー。二日酔いの日は、これくらいシンプルな料理じゃなきゃやってられないわねー」
「ですねー」
「お腹に優しいです」
そんなところだろうと思ったよ。
「そうだ。みんな、アユムと連絡先交換してくれ。昨日スマホに変えたんだけど、そういえば誰の連絡先もわからないから」
昨日はみんな酔っ払って、それどころじゃなかったし。大人たちのせいで。
「ええ。わかったわ……あなたが、魔法少女として戦うと決意したってことでいいのね?」
「お、おう。そうだな……アタシが戦う。そのつもりだ」
樋口は、アユムの心中などあまり知らない。ただ、魔法少女という世界を守る力についての情報をまとめたいだけ。けど、アユムは少し気にしてるらしい。
「アユム、疲れただろ。今日はもう帰るか」
「え。ああ。そうだな。これ食ったら帰る。うん、今日は疲れた。眠い」
「わかるー。わたしも眠いんだよねー」
「姉ちゃんは黙ってろ」
「あうう……悠馬、ちょっとアユムちゃんに優しすぎじゃないでしょうか」
「そうか? 慣れない土地に来たばかりなんだ。放っておくこともできないだろ」
「それはそうだけど。でも悠馬って、もっと大雑把というか。人のこと考えないとまではいかないけど、割と放任主義じゃない?」
急になに言い出すんだ。
「あー。わかる気します。悠馬らしくないですよね」
遥まで、なんでだ。
「だってほら。わたしたちへの接し方って、結構雑じゃない」
「それは……遥も姉ちゃんも、そういう奴だから」
別に雑にしてるつもりはない。けれど、朝の愛奈の様子とか、遥の良すぎるノリとか俺を彼氏と言い張る面の厚さを考えれば、こういう態度になってしまうのも理解してもらえると思う。
というか、愛奈たちも別に雑に扱ってるわけじゃないというか。
「そういう奴って言ってもねー」
「まあ、最終的には優しいからいいんですけどね」
「優しいけど雑なのよね」
「わかるー」
こいつらは何の話をしてるんだ。
「つまりさ、アユムちゃんもわたしたと一緒で、繊細な子じゃないでしょ?」
「まあ、それはそう」
「あんまりべったり世話を焼く必要もないかなーって」
「……アユムはどう思う?」
「別に。悠馬が気を使ってくれるのは嬉しい。あと、悠馬は別に雑な奴じゃないと思う」
「あー! ひとりだけずるい! 抜け駆け!」
「ここぞとばかりに悠馬を褒めて!」
「わたしだって! 悠馬に優しくしてほしいもん!」
「朝は優しく起こしてほしいです!」
「おい!」
なんか俺を雑だとか言ってたけど、結局は俺に近づきたかっただけかよ。まったく。
「帰るぞアユム」
「ねえ悠馬ー。車椅子、マンションに置いてきたままなんだよねー。おぶって?」
「姉ちゃんにおぶってもらえ」
「いやいや! 無理でしょ! お姉さんにそんな力ないでしょ!」
「そうよ! いや別に悠馬を背負ってあげるのが良いとは思わないけど! でもわたしには無理よ!」
「見てよこの薄い体! どこにそんな体力があるって言うんでしょうか!?」
「誰が貧乳ですって!?」
「ひゃー! お姉さん怖い!」
仲いいなあ。
松葉杖も車椅子と同じく家まで置いて、魔法少女として出たわけで。遥が自力で帰る方法はない。この家でもずっと、椅子に座りっぱなしだ。
でも、なんとかなるだろ。
結局遥は、変身して一足先にマンションまで帰った。
「やっぱり魔法少女ってすごいわよねー。移動手段としても使える」
「遅刻しそうになっても、なんとかできちゃいますからね」
「いいのかよ。魔法少女の力をそんなことに使って」
「いいんです! わたしは走りたいから魔法少女になったわけで! 樋口さんからも許可は得てます!」
別に、公安から許可をもらわなきゃいけない案件でもないのだけど。それでも、は堂々と親指を立てた。
「魔法少女の力を私用で使ってもいいと、許可は得てます!」
繰り返さなくていいから。本当のことだから仕方ないけど。まさか樋口も、魔法少女たちがここまで自由とは思ってなかったらしい。
「そっか。アタシが魔法少女になったら……駄目だな。想像がつかない」
リビングのソファに座り込みながら、アユムはまた困った顔を見せていた。
ゆっくりでいい、なんて言ってもアユムの気持ちは晴れないよな。
それでも、アユム自身は新生活をなんとか楽しんでいるようだった。
「アユムちゃんスマホにしたの!? 連絡先! 交換しよ!」
「わたしも!」
「俺も!」
「僕も」
「それ最新のやつ!? 見せて!」
「うわー! ちょっとみんな待ってくれ! 一斉に話しかけんな!」
「今度デートしてくれ!」
「で、でででデート!?」
「ちょっと沢木ー! やめなさいよ」
「そうでしょアユムちゃん困ってるでしょ!」
「告るにしても早すぎー」
翌朝。クラスメイトに機種変したことがバレたアユムは、また周囲に人だかりを作ることになった。




