9-28.悩むアユム
ラフィオの体当たりと、ライナーのスピード任せのキックの勢いでフィアイーターの体が横転。手足と尻尾をバタつかせて起き上がろうとするも、ラフィオが体に乗り上げて阻止する。
俺はメタルトリケラの背中側から近づき、横腹をなんとかこじ開けられないか試す。けど、貧弱なナイフでは金属製の外殻を開けるのは無理で。
「ほら、わたしに任せて。悠馬はこいつが起き上がらないように尻尾を抑えて」
「わかった!」
「手伝うよ、悠馬」
いつの間にか黒タイツを全滅させていたらしい剛も来て、奴の尻尾を共に掴んで、体全体で押さえつける。
ハンターは太い四本足に至近距離から矢を放って動きを阻害している。セイバーがフィアイーターの脇腹に剣で小さな傷をつければ、そこをライナーが蹴って傷を広げていった。
「見つけた! セイバー刺し!」
突きではなく刺し。新技だな。
胴体の中にコアを見つけたらしく、剣がそれに刺さる。俺からはみえなかったけど、どうやら砕けたらしい。
トリケラトプスの巨体が、壊れたラジコンへと戻っていった。
「あー。水。水……おしっこ……。あー。トイレの近くにウォーターサーバーの営業スペース。人がいない間に好きなだけ飲もっと」
戦いが終わったと同時に、セイバーは少し格好いい二日酔いから、単なる二日酔いに戻ってトイレまでフラフラと入っていった。しかも駄目なことを口走りながら。
まったくこいつは。
「頼れる時は頼れるんだけどな」
「本当に、変な人だよねー」
「悠馬くん。ちょっといいかい? アユムちゃんを慰めてあげてほしい」
「アユムを?」
剛に声をかけられた。
戦いを終えた俺たちの輪に入りきれず、少し離れたところで宝石を握りしめたままのアユムが目に入った。
少し、気まずそうな顔をしていた。
「変身しようとして、できなかった。なぜかはわからないけど、本人はショックに思ってるはずだ」
「そうか……」
「魔法少女としての適性は間違いなくあるんだけどね。なにが足りないのかな」
「ラフィオへの愛とか? モフモフ好きな気持ちとか?」
「それはお前だけだ」
「わーい! ラフィオモフモフー!」
「おいこら! やめろ!」
騒がしいラフィオとハンターは無視して、アユムの方へ向かった。
「アユム、魔法少女の戦いを近くで見て、どうだった?」
「すごかった……けど、アタシもあの中に入りたいって。戦ってみんなの役に立ちたいって思った」
「そっか。そう言ってくれて嬉しい」
「でも、できなかった。なんでなんだよ……」
どう声をかければいいのか、俺にはわからなかった。
俺は元から魔法少女じゃない。なる資格も始めからない。なりたいと願うこともない。
けどアユムは違う。都会に出て初めてのことだらけで混乱しつつも、俺のために魔法少女になりたいと言ってくれている。
それが無理な時、俺はどうしたらいいんだろう。
魔法少女になりたいと願って、道を踏み外した女の子をひとり知っている。彼女は人間ではなくなり、それなりに楽しく暮らしている。けど、アユムにそうなってほしくはなかった。
だから、せめて道を踏み外さないように、寄り添ってあげたかった。
「焦らなくていい。アユムなら、きっとできるから」
「……なんだよ。悠馬のくせに」
「そうだな。俺のくせに偉そうだよな」
頭を撫でてやれば、少し調子が戻ったようだ。
「前はアタシの方が、泣いた悠馬を元気づけてたのに」
「……そんなことあったか?」
「あった。転んで泣いたことがあった!」
「いや、ないだろ。さすがに。そこまでは幼くなかったし」
「こ、転んだんじゃなくて、別の理由だったかもしれないけど! とにかく泣いてたから!」
「お前も記憶が曖昧じゃないか」
「仕方ないだろ! 前のことなんだから!」
そんなふうに言い合えば、アユムはすっかり元気になった。
「お姉さん。あのふたり、距離が近いです」
「そうね。わたしは遥ちゃんのお姉さんではないけどね。距離が近いのはあなたも同じだけどね」
「いずれそうなるから、いいんです。そうするために、アユムちゃんは止めないといけません」
「それは同意。魔法少女にはなってほしいけど」
「はい。魔法少女にはなるべきですけど」
あいつらはなんの話をしてるんだ。
その後、なんとか人目につかないようにショッピングセンターを抜け出て、拠点としてる家に戻る。
「ご苦労だったわね。お昼ごはん食べる?」
リビングの椅子で、樋口が余裕たっぷりに座って出迎えていた。
いや、まだ二日酔いらしく、少し気持ち悪そうだった。
「いやー。先輩、今回も大活躍だったそうですね! さすがです! 剛くんもコスプレして戦ったんだ。偉い偉い」
麻美が愛奈と剛の肩を交互に揉んでいる。
「ふふふ。ちょっと倒れてて取材には行けなかったけど、皆さんの活躍を聞いてとても嬉しいです。あ、昼ごはんできましたよ。そうめんですけど。食べますか?」
キッチンからは澁谷の声。
昨夜、主賓であるアユムを放置した上、飲みすぎて帰宅もできずに夜を明かし、フィアイーターが出たのに何もできずに倒れていたこと、この三人は悪いと思ってるらしい。
だから愛想笑いを浮かべて俺たちの機嫌をとっていた。
「なんというか……大人って」
「思ってるより立派なものじゃないよな」
「ああ。そう思う。これが都会の大人なのか……」
「田舎の大人も、割とろくでなしなんじゃないかな。隠してるのと気づかないのとで」




