9-21.児童文学のドリル先生
一緒に住んでる期間がそれなりに長いから、俺がそんなに読書という行為をしてないのを知っている。
「世間の小学生は、悠馬より本を読んでるぞ」
「失礼な。俺だって読んでるからな。漫画とか」
「そうか。漫画以外の本を最近読んだことは?」
「……夏休みの読書感想文」
「なるほど。でも、その宿題を難なくこなせる程度には、悠馬は活字嫌いというわけでもないようだ。色々読んでいけばいいさ」
「なんだよ上から目線で」
「悠馬さん。このドリル先生シリーズ面白いですよ。動物とお話しできるお医者さんの話です」
女子小学生にまで、本を読めと言われてしまった。
「モフリモフラレツって、頭がふたつある馬がかわいいんですよ」
「モフモフで?」
「モフモフです! 家にあるので読んでください!」
「おう。わかった……」
小学生は思っているより頭がいい。
「悠馬ー。お待たせ! 買い物終わったよー」
「うおっ。でけえ本屋……なんだこれ……」
紙袋を持った遥とアユムが合流。車椅子はアユムが押している。
ぎこちない動きだし、アユムは自分のスカートの短さをかなり気にしてるようだった。でも、ちゃんと押せている。
なんだかんだ、ふたりの距離は縮まってるようで何よりだ。
「都会って、何もかもでかいんだな……」
「これが東京だと、ビル丸々ひとつが本屋さんとかあるらしいよ」
「ま、マジか……すげえな」
学校の図書館以上の蔵書を見たことがないらしいアユムは、知らない世界に圧倒され続けていた。
「ちなみに、アユムさんは本とか読むんですか?」
「いや。ほとんど読まない」
「じゃあ、ドリル先生から始めないといけませんね!」
「なに? ドリル先生? なんだそれ」
「モフモフがいっぱい出てくる小説です!」
「小説はなんか、頭が痛くなるから読まないってか」
「挿絵もあるので大丈夫です!」
つむぎがアユムにぐいぐい迫っていく。
「な、なんなんだこいつは」
「アユムちゃん。つむぎちゃんは、モフモフの布教をしたいんだよきっと」
「モフモフの布教!?」
「都会に来たんだから、読書を始めてもいいんじゃないかな。こうやって手に取れる本が多いのも都会の良さを楽しむべきだよ!」
「遥も読書したいって意味だよな?」
「え?」
どうもこいつは、読書感想文の宿題すらも放り投げようとしてた節があるからな。
「みんなで読書の秋だ」
「ちょっ! なんでそうなるのかな!? 秋なら、スポーツの秋とか! 芸術の秋とかがいいです!」
「スポーツはともかくとして、芸術はできるのか?」
「楽しむ方なら得意です!」
親指を立てるな。
「だったら次に行くべきは……」
デパートを出て、駅前の道を線路沿いにしばらく歩く。途中、白いのっぺらぼうの巨大な人形の下を通る。
「いやいやいや! これなんだよ!」
「モモちゃん人形だよー。模布鉄百貨店のシンボル。さっきの金時計に並ぶ、模布駅の定番待ち合わせスポット」
「そ、そうか。都会の奴らはこれを見慣れてるのか……」
田舎にはないだろうしな。精々、昔の偉人の銅像とかしかなさそうだ。
それを地元の人間が平然と通り過ぎているのを見て、アユムはかなり驚いていた。
「都会すごい……」
いちいち驚くの、いいなあ。反応が新鮮で面白い。
そのまま、さらに歩くと大きめのライブハウスがある。そこを曲がって少し歩けば、目的地だ。
「これが……映画館ってやつか……すげえ。映画のポスターがこんなに」
そんなに驚くことかな。驚くことなんだろうな。アユムにとっては映画なんて、テレビで放送してくれないと見れないものだから。最新作が見れるなんて信じられない環境だろう。
「で、何見る? わたしは恋愛映画がいいかなーって思うんだよね。華のJKだから!」
まだ言ってるのか。
「僕も恋愛映画がいいと思うな!」
「えー。わたしはこれがいい!」
つむぎが指差したのは、女の子と犬が友達になる、みたいな内容の映画。ちょうどモフモフ映画が上映していたらしい。
それもいいんだけど。
「今日はアユムの意見が優先だ」
「あ、アタシか!? ……どうしようかな。なんか、映画ってすごいって思える映画がいい」
「そうか。だったら……」
アクション映画かな。それも、一番迫力があるやつ。
この映画館には、普通のスクリーンの他にM-MAXという特殊上映設備がある。
他のスクリーンよりも大きく、音響もクリアになっていて、つまり迫力が違う。それを体感できる、アクション映画を上映することが多い。




