9-18.朝の賑やかさが増えた
翌朝。遥たちの寝室から喧嘩の声が聞こえるとかは無く、普通に朝迎えることができた。
本人たちがよく寝られたかは別として。
「悠馬おはよ……」
「おはよう……」
「ああ。おはよう。眠そうだな」
「すぐ近くに人がいるって思ったら寝られなくて」
「そうなんだよ……」
「そうか。まあ慣れるだろ」
そうしてもらうしかない。
ラフィオが朝食を作ってる間も、ふたりは机に突っ伏して眠りの続きを貪っていた。
朝食作りはすぐに終って、ラフィオは俺に使い終わったフライパンを手渡す。
「そうだ。遥、アユム、手伝ってくれ」
「うん? なんだ?」
「双里家の、朝一番大事な仕事だ」
「そっか。よしやろう。わたし、卵焼き用のフライパン使うね。アユムちゃんは鍋を持って」
「え? おう……」
「あと、大きめのスプーンでいいかな。フライ返しは樹脂製だからいい音出なさそうだし」
「なあ。何やるんだ?」
「姉ちゃんを起こす」
カンカンカンカン。
「ぎゃああああああ!?」
いつものフライパン叩きだけど、今日は三重奏だ。それぞれ微妙に異なっている金属音に囲まれて、愛奈の起きる勢いも普段より強い気がした。
「ちょっ!? 何事!?」
「今日はトリプルで起こす」
「やめてください! せめて悠馬ひとりで! いやひとりでも駄目だけど」
「気づいたんだ。俺が起こしに行くと、姉ちゃんは俺の前で着替えようとするだろ?」
「え。この人そんなことするのか?」
「してるねー」
「女が起こしに行けば、俺は余計な心配をしなくて済む。姉ちゃんも人前で着替えようと思わなくなる」
「いやいや! なんでそうなるのよ!?」
「アユム。今日からフライパン叩きのコツを教えるから、うまくできるようになったら俺の代わりにやってくれ」
「お、おう! なんかよくわからないけど、悠馬のためなんだな!」
「そうだ。期待してる」
「期待しないでください!」
少しだけ、朝が楽になりそうだ。
なおも嘆き続ける愛奈を着替えさせて、飯を食わせて送り出す。ようやく静かな朝がやってきた。
「ラフィオ! モフモフさせて!」
「洗い物終わってからな」
「待てない!」
「おいこら!」
そこまで静かでもないな。
「悠馬さん! 今日はラフィオ、小学校に連れていきたいです!」
「いいけど、誰にも見つからないようにな」
「はい!」
本人の許可もいるだろうけど、まあいいか。
本当は、引き続き高校で魔法少女の候補を探さないといけないんだけど、それも一旦保留だ。
アユムを知り合いとして引き込んで、しかも彼女には高い適性がある。彼女を説得するのが一番早い。
今は、ここでの生活に慣れてもらうのが優先だけど。魔法少女にならないかと誘えば、また頭がパンクしそうだ。
ランドセル姿のつむぎを見送ってから、俺たちもバスに向かう。アユムの定期、用意してやらないとな。
昨日は登校拒否したアユムが、俺や遥と共に登校した事実に、クラスではちょっとした騒ぎになった。
「いやいや。大したことなかったんだって。アユムちゃんとは、しっかり仲直りしました! だからこれで解決です! ね、アユムちゃん?」
「お、おう。そうだな。遥とは仲良しだ。仲良しだ。アタシもまだ悠馬のことは好きだけどな!」
「おいこら」
教室がどよめくのを見て、俺は頭を抱えた。三角関係は継続中で、まだ面白いものが見れると期待する眼差しだ。
一部男子からは羨ましげな視線を送られるし。なんだよ。そんなにアユムと付き合いたいのかよ。止めたほうがいいぞ。絶対に苦労するから。
それから、今日は朝のホームルームで決めなきゃいけないことがあった。
遥が前から言ってたこと。文化祭のクラス実行委員だ。
「はいはい! わたしと悠馬がやります!」
やはり前から言ってた通り、遥が真っ先に手を上げて。
「じゃあアタシもやるからな!」
すかさずアユムも手を上げた。いや、なんなんだこれ。
誰か助けてくれ。自分もやりたいと手を上げるとかして。
ところがクラス全員が、俺たちを見てニヤニヤするだけ。なんなんだこれは。
「むー。予想外にアユムちゃんも入っちゃったけど、まあいいか。よろしくね! ちなみにクラスの出し物だけど、お化け屋敷って決まったから!」
「おいこら。クラスの意見を聞け」
「わたしはしっかりお化け役やります!」
「だから!」
「あ、アタシこういうの初めてなんだけど、勝手に決めていいのか? ……なんか気持ちいいな」
「独裁者の快感に浸るな。みんな、やりたいことがあったら遠慮なく言ってくれ! おいニヤニヤするな!」
結局、三人でやることになった。クラスとしての出し物も、ほぼほぼお化け屋敷で決まりそうだ。
なんでこうなった。
そんな風に慌ただしい平日を乗り切れば。
「よし! 土曜日! 週末! アユムちゃん出かけるよ!」
「お、おう。……出かけるんだな」
「都会の週末を楽しもう! どこか行きたいところある?」
「え? うーん……新幹線の駅を降りて外に出た時、めちゃくちゃ高いビルがあって。もう一回見たい」
「ツインタワーかな? 大きなタワーがふたつ並んでる」
「いや、なんか捻れてる、すげぇ変な形のビル」
「スパイラルタワーか。行くか」
「つむぎちゃんたちも行くよね?」
「はい! ラフィオも来て!」
「ぐえっ」
モフモフ状態のラフィオが掴まれる音を聞きながら、俺たちは駅まで向かう。遥の乗った車椅子を押すのは俺の仕事だ。それからアユムは、この前と同じくタンクトップ姿。それを遥がじっと見ている。
お出かけの内容の一つは決まったな。
ちなみに愛奈はいつものように寝ている。週末だから許してあげよう。




