9-17.親と離れて住むということ
「お姉ちゃんおめでとう! 頑張ってね!」
「え。あ。うん。頑張るね……」
姉の帰宅を待ちかねてたらしい彼方が飛び出してきた。そしてハンガーにかかった制服や、その他着替えや必要なものが入った鞄を差し出した。
何を頑張るんだ。俺との仲の進展なのか?
遥も、ここまでの勢いで応援されるとは思ってなくて戸惑い気味だ。
「わかるよ! 悠馬さんと一緒に住んだほうが都合いいこと多いよね!」
なんの都合なんだろう。
俺にはわからないし、遥にもわかってなさそうだった。でも、理解があるのは嬉しいな。
ご両親にも挨拶する。遥の言い訳としては、クラスの転校生であるアユムが俺の家に居候するけど、同性の友達として手伝ってあげたいとか、そんなことらしい。
そのために遥まで居候する必要性は薄いけど、そこは遥の勢いで乗り切ったらしい。
自然に、当の転校生であるアユムも神箸夫妻に挨拶をすることになる。
「は、はじめまして。女川アユムだ。です。悠馬と遥のお世話になるからよろしくな……よろしくです」
敬語使うの慣れないのかな。それでも、なんとか両親とは円満な雰囲気で会合を終えられた。
両親は俺たちのことは信頼してくれてるのだと思う。それでも親元を離れる心配はあるに決まってる。それに。
「親とは、仲良くできる間にしておくんだぞ」
「うん。そうだね。別にずっと帰らないってわけじゃないから」
「親か。女らしくしろって押し付けるばかりで、アタシはウザいとしか思わなかったな」
「人それぞれだね。けどアユムちゃんのご両親も、アユムちゃんのことを考えて模布市まで送り出してくれたんだろうし。愛されてるよ」
「そうかのかな……」
「ラフィオみたいに、産みの親を本気で恨んでるとかもあるけどね」
「あいつも大変なんだな。小さいのに。……親に電話しなきゃな。住所が変わったって」
親という存在をしみじみと噛み締めながら、アユムはズボンのポケットからガラケーを取り出した。
「アユムちゃん、スマホじゃないの? なんかお年寄りみたいな携帯だね」
「お? そうだな。死んだ曾爺さんのを貰ったから」
「本当に!? ほんとだ楽々フォンだ。もったいない! 華の女子高生がこんなのなんて!」
「あー……母ちゃんから、向こうの生活に慣れたらスマホに変えろって言われてたな」
「なるほどなるほど。じゃあ! 週末には街に行かなきゃね!」
「え?」
「うん! 街に行こう! アユムちゃんにこの街を案内しないとね! それに、服も買わなきゃいけないし!」
「ふ、服!?」
アユムの色気のなさすぎる服装を見て、遥はニヤリと笑った。いい物を見つけたって雰囲気だ。
「アユムちゃんは都会に馴染むために着たんでしょ? だったらその格好も変えていかなきゃだよ! スタイルいいんだし、おしゃれとか似合うよ!」
「お、おしゃれ……」
「短いスカートとか着てみない?」
「スカート!? いや、そんなのアタシには似合わないっていうか! 制服のあれでもちょっと恥ずかしいのに!」
「まあまあ。やってみようよ」
遥は押しが強いからな。一緒に住むとなったら、もう逃れられないぞ。
「まあ、どうしても嫌って言うなら、週末はわたしと悠馬のふたりでデートしちゃおっかなー」
「デート!? それは駄目だ! よ、よし! オレも行く!」
動揺すると、一人称が戻るらしいんだよな。
その日の夜、樋口はちゃんとアユムの制服や着替えを届けてくれた。アユムの私服はみんな似たようなものばかりだった。つまりタンクトップに、地味なズボン。しかも丈は膝くらいまでしかないやつ。
「ラフな男の子の格好って言っても信じられそうだよね。腕が鳴る」
遥も、なんか変なスイッチが入ったみたいだな。
住民が増えたのはいい。風呂の順番待ちが少し長くなるだけだ。それも、隣の御共家の風呂を使えば短縮できる。隣に同じ間取りがあるっていうのは利点だな。
じゃあ、御共家の寝室に誰かが移動すればいいのではと思ったけど、それは全員が断固拒否した。
自分の部屋がある俺と愛奈は移動する必要が無いし、本来の家主であるつむぎはラフィオと同じ屋根の下で過ごしたいらしい。マンションなんだから同じ屋根ではある、という理屈は無粋だろう。
遥とアユムも同じ。俺と同じ家にいたいらしい。
面倒な奴らだ。自分の部屋に誰かを招き入れるという発想には応じない俺も含めて。
というわけで、遥とアユムは同じベッドで寝る事になった。互いに少し睨み合いながら両親の寝室だった場所に向かっていく。喧嘩しないでくれよ。
「ふたりが喧嘩になったら、わたしが止めるんでしょうか?」
「無理はするな。俺を呼べ」
「はーい」
つむぎが一番落ち着いているってのも奇妙な状況だな。
――――
「ベッドが狭い……」
「これ、片方は別の何か用意した方がいいんじゃねえか? 寝袋とか」
「アユムちゃん、寝袋つかったことある?」
「……ない」
「ちなみにアユムちゃん、寝相はいい方?」
「さあ。自分じゃわからねぇ」
「だよねー。なんか、良くはなさそうなんだよねー!」
「なんだよそれ」
「つむぎちゃん、やっぱりあなたのベッドにどっちか……あ、無理だ」
「うわっ。ぬいぐるみが大量に」
「モッフィーにモフ鳥さんに、サメのぬいぐるみ」
「デカイやつばっかりだな」
「モフモフに囲まれて幸せそうだねー」
「狭いけどな」
仕方ない。ふたりで寝るしかないのか。




