9-13.アユムとライナー
別の黒タイツの胸ぐらを掴んで、殺風景な壁に押し付ける。
その俺の横をすり抜けるように、別個体がアユムの方に駆けていくのが見えた。言われた通りにベランダに退避して窓も閉めたアユムだけど、外からロックはかけられない。黒タイツが危害を加えるのは容易だ。
手を伸ばしてそいつの首の肉を後ろから掴んで、なんとか引き止める。けどその隙に、さっき壁に押し付けた奴が解放されて俺に殴りかかった。
まずい。対処できない。
「悠馬!」
俺を呼ぶ声。アユムではない。
魔法少女だった。
黄色い光が部屋の中に入ってきて、殴りかかってきた黒タイツに強烈な膝蹴りをお見舞い。黒い体が天井近くまで舞い上がって、ベランダに面した窓ガラスに激突して倒れた。
俺が首を掴んだ黒タイツを引き倒し、体重をかけながら首を締めて殺している間に、魔法少女シャイニーライナーは部屋の中の黒タイツを一掃した。
回し蹴り一発で敵の首を折り、膝蹴りで敵の腹を蹴って壁にめり込ませながら、あるかは不明だけど内臓を潰して絶命させていた。
「悠馬、無事!? 良かった! それで……なんで女の子限定のアパートの中にいるのかな? わたしたちでもカードキー無いと入れないから入口の自動ドア壊して入ったのに」
そんなことしてたのか。魔法少女のジャンプ力なら、二階の廊下辺りまで跳べるだろ。急いでたなら仕方ないかもしれないけど。
「ここ、アユムの部屋なんだ」
「え?」
俺がベランダの方を示す。とりあえずの危機は去ったと見たアユムが、恐る恐るベランダから部屋の中に戻ってきた。
アユムも、魔法少女の姿くらいはテレビで見たことがあるだろう。国中で評判の、アイドルみたいなものだし。
それが目の前にいる。しかも俺と話している。
さっきも、戦いの対処を躊躇なくしていた俺を疑ってたわけで。隠せないよな。
「へー。悠馬ってばアユムちゃんの部屋に入ってたんだ」
ライナーも、俺と魔法少女の関係は誤魔化せないと即座に察したらしい。
気になることを俺に問い詰めることにしたようだ。
「そりゃ、会いに来たんだから」
「インターホン越しに話すとか。外に出て話すとかさ。そういうのを提案せずに家に上がりこむとか。仲いいねー」
「仕方ないだろ。説明すると長いけど、流れでそうなったんだ」
「へー。ふーん。そっかー。彼女がいながら、他の女の子の部屋に入るなんてねー」
「だから違うって。てか、正確には彼女でもないし」
「でもねー」
「おい。悠馬。どういうことだ説明しろ。なんでお前が魔法少女と話せてんだよ。てか、アタシの名前を呼んで」
「うん。アユムちゃんのこと知ってるよ。ほら、よく見て。わたしだよ。悠馬の彼女の、車椅子の子。神箸遥です。よろしくね」
「え……」
「あ。そうだ戦いまだ終わってなかったんだよね。ハンターとラフィオはアパートの中を駆け回って、黒タイツに襲われてる人がいないか確認してるところ。セイバーはエントランスで、フィアイーターが上に上がらないよう頑張ってる」
「そうか。じゃあセイバーの援護だな。行こう。アユム、後で説明するから!」
目を丸くしたままのアユムを置いて、俺たちは走る。階段を駆け下りて、エントランスへ。
アパートの一階部分。カードキーがないと入れない自動ドアは無残にも壊されていた。やったのはフィアイーターじゃなくて魔法少女らしい。黒タイツは壊れた塀から侵入したからな。
けど、フィアイーターはそのエントランスに突っ込んでいった。
「フィアアアアアアア!!」
「うわっ! 逃げないでよ! 足速い! あ! 駄目です階段には行かせません!」
そこまで広いと言うわけではないけど、ロビーのような機能を果たすスペースがあった。あるいは、談話室みたいなものかな。入居した女たちが多少なりとも交流することを目指したのかな。
ソファや大きめのテレビ、観葉植物なんかが置いてあった。
自走するショッピングカートが暴走した結果、見るも無残な状態になっているけれど。
セイバーはそこで、フィアイーターを追いかけ回しつつ外には出さないようにしていた。素早いフィアイーターを殺せなくても、ここから逃さないならこれ以上の被害は抑えられる。
そしていつかは、援軍が来るというわけだ。
「お姉さん追いかけっこお疲れ様です!」
「うるさいわね! お姉さんじゃないわよ! てか、追いかけっこすることになるなら、あんたにこの役目任せたら良かった!」
「わたしはほら。悠馬と合流するという大事な仕事があったので」
「違うでしょアパート内の黒タイツの対処でしょ! てか悠馬!?」
「ああ。俺だ」
「覆面被りなさいよ! いやそれより、ライナーこいつ早く倒して!」
「はーい」
「フィアアアアアァァァァ!」
「遅い!」
エントランスに踏み込んだライナーは、逃げるフィアイーターに一瞬で肉薄。フィアイーターは避ける暇もなく、蹴りあげられた。
ひっくり返ったフィアイーターは、両腕を使ってなんとか起き上がろうとする。けど、散々おちょくられたセイバーが接近。鬱憤を晴らすかのように剣を振れば、人の腕とそう変わらない強度らしいフィアイーターの両腕が切断されて宙を舞った。
「覚悟なさい!」
フレーム部分は金属やプラスチック製だろうけど、セイバーの剣の前では無力だった。
「こんな細い径のフレームでわたしの剣に勝てるとは思わないでね!」
まあ、カートの利用目的は剣に対する防御じゃないからな。それなりに頑丈なものではあっても、魔法少女の腕力には勝てない。




