9-11.アユムが来た理由
「話を戻すぞ。アユムは男っぽい性格のために、田舎から離れるように言われた。それは、田舎では浮くからか?」
「まあ、そうだな。女は女らしくしろって言われること、よくあるし。中学に上がって、その、ここがでかくなって女っぽい体になったら、もっと言われるようになった」
遠慮がちに自分の胸元に目を向けるアユム。
愛奈が見たら羨むだろうなあ。
「制服のスカートも、あんまり好きじゃないんだけど、それは慣れた。けど言葉遣いを変えるのは無理だった。このままじゃ田舎では浮くから、少し引越せって言われた」
両親なりの心遣いだったのか。あるいは。
「都会の奴と一緒に過ごせば、女っぽくなれるかもって思われてたのかも」
雑な認識での矯正プログラムだったのかも。
アユムの散らかった部屋を見る。
一人暮らしが無理な程度に雑な性格のアユムが、そう簡単に性格を変えられるはずもないだろうに。
「都会で、模布市に来たのはなんでだ? 東京に行くのじゃなくて」
「それはアタシがお願いしたんだ。ここがいいって」
「理由は?」
「お前に会いたくて」
そっかー。
「お前が模布市から来たのは覚えてた。それ以上のことは知らなかったけど、行けば会えるだろうって」
アユムの町ならそれも可能だったんだろうな。住民は少なく、みんな知り合いみたいなもの。探そうと思えば簡単だ。
模布市では無理だ。
「まさか引っ越した初日に、テレビでお前を見ることになるとはな。しかも、転校する学校の制服を着てた」
「あー……」
学校でも撮影したし、俺は遥の恋人として出た。
それをアユムが見て、転校初日に俺の所まで問い正しに来たってわけか。
「俺に会いたかったのは」
「再会しようって約束したじゃねぇか。いや、アタシが一方的に言ったことだったな。付き合いたいっていうのも」
まあ、返事は言えなかったし俺も了承するつもりはなかったけど、言われたことは確かだ。
「付き合いたいっていうのは、友達として」
「なんだったんだけどなー。なんかアタシも、あの時は慌てていて、何言ったか正直よく覚えてないんだよ」
「おい」
「告白した気になってて、会えるのを楽しみにしてたんだよ。お前は来なかったけど」
行く理由になるはずの祖母が亡くなったら、もう来ることはない。
「だから、こっちから行きたかったんだ。なんというかその。告白の返事を聞きたいなって」
少し顔を赤くして、居心地悪そうにもじもじと体をくねらせながら、アユムはだんだん小さくなる声で言った。
おいこら。なんで女らしく振る舞えないとか言っておいて、急に乙女みたいな動きをするな。普段とのギャップのせいで違和感がすごい。
「まあ、悠馬に彼女がいるなら仕方ないんだけどさ。諦めたくなくて」
「そ、そうか」
「アタシ、ずっと悠馬のことが好き、だったんだと思う。忘れたことはなかった」
そんなこと言われても。
「たぶんなんだけどさ。周りからどう言われようが女らしくしなかったのは、他の男に言い寄られないためだったと思うんだよ」
「お前、俺に会う前からそんなだっただろ」
都合のいいように過去を変えるな。
「そ、そうだったけどな! 中学に上がってもそうだったのは悠馬のせいだ」
「俺のせいではないだろ。アユムが勝手にやったことだ」
「だとしても! アタシは悠馬が好きなんだ」
「それは嬉しいけど」
「なあ悠馬。あの車椅子の子、いい奴なんだよな。彼女と別れろなんてアタシには言えない。けど、なんとかならねぇか?」
なんとかってなんだよ。そこを人に丸投げするなよ。
けど、俯いて上目遣いで見つめてくるアユムに、どう声をかけるべきかは悩ましい。
きっぱり断るべきなんだろうけど、またショックを受けるだろうな。それで不登校になったら、学校での俺の評判にも関わる。
それに、遥と付き合ってると言っても本当のことじゃないのが、良心が咎める原因だ。アユムが本気で俺を好きなら、嘘の関係を理由に断るのはかなり後味が悪い。
けど偽りの関係とはいえ、遥が俺のことを好きなのも事実だし。その気持ちはアユムと変わらないはずだ。だから、アユムの好意を受け入れるわけにもいかない。遥に悪いから。
困った。本気で困った。
似たような状況に陥っていたラフィオの気持ちが、今ようやく実感を持ってわかった。
気弱そうな目でこっちを見てくるアユムに無言を通すわけにもいかず、口を開こうとしたその時。
スマホから警報音が鳴った。
「ん? なんだそれ。地震か?」
「いや、違う」
県外から来て、そもそもスマホを持ってないアユムにはわからないことか。
「この町に怪物が出るのは知ってるな?」
「あ、ああ。テレビで見た」
「出たら、こうやって警報が出るんだ」
スマホの画面を見て情報を確認。今頃愛奈たちも事態を認識して、現場に向かっていることだろう。俺はアユムと不自然に離れるわけにはいかないし、現場まで魔法少女に運んでもらうのも無理だ。
今日は魔法少女たちに全部任せることになるかな。
そう思ってたけど、スマホの画面にはちょうどこの付近の地名が表情されていた。というか、さっき行ったスーパーだ。
「フィアアアアアアア!!」
フィアイーターの声まで、窓の外から聞こえてきた。
「うおっ!? なんだ!?」
「フィアイーター。怪物だよ」
「今のが!? 魔法少女が来て戦ってくれるんだよな!?」
「ああ。そうだよ」
「魔法少女って奴、見てみたいって思ってたんだ」
「いや待て。見ようとするな。フィアイーターは危険だから、倒されるまでおとなしくしてろ」
「ちょっと見るだけだから」
「フィアァァァァァァァ!」
かなり至近距離から声がした。部屋の窓から外を見ると、アパートに面した道路をフィアイーターが爆走しているのが見えた。




