9-1.謎の転校生
新学期初日。俺はいつものように起きて、朝食を作り終えたラフィオからフライパンを受け取ると、愛奈の部屋へ向かい。
「起きろ」
「ぎゃああああああ!?」
いつもと同じように起こした。相も変わらない、いつものこと。怪物と魔法少女の戦いに巻き込まれたなりに、変わらない日常が送れそうだと予感させる朝の風景だ。
小さな妖精になったラフィオをモフっているつむぎを伴い、家を出る。今日は新しい魔法少女を俺の学校から探さなきゃいけないから、ラフィオは俺と同行。
つむぎは、なんとかしてラフィオをランドセルに詰め込みたかったようだけど、明日以降にしてほしい。
八月が終わっても夏の日差しが急に弱まるということはなく、マンションを出た俺はまっすぐバス停に向かい。
「悠馬おはよー」
「おはよう、遥」
「いやー。宿題を全部やって迎える新学期って、いいね!」
「それが普通なんだよ。今日からも、遥が毎日宿題してるか確認するからな」
「ひぇっ!? 程々に、ね? それよりラフィオ! 魔法少女になりそうな女の子、見つかった!?」
「気が早い」
ほら。ラフィオも呆れた声で言ってる。宿題はちゃんとするべきだと。
なのに遥は、バスが発車しても宿題から目を逸し続けて。
「悠馬は真面目なんだよ。二学期は楽しいことがいっぱいあるんだよ。文化祭とか。修学旅行とか。体育祭とか」
「そうだな」
「宿題なんかしてる暇はないの!」
「それはちゃんとやれ」
「ねえ悠馬。ふたりで文化祭のクラス委員やろ」
「それはまあ、いいけど」
「修学旅行も一緒の班がいいなー」
「それも構わない」
「体育祭は……わたし、なにしたらいいんだろ」
「誰かが考えてくれるさ」
片足がない生徒でも活躍できる体育祭があれば、それは有意義なことだろう。
それはそうとして、宿題はちゃんとやらせるけど。
学校が近づいてくると、バスに乗り込んだり歩いて通学する生徒の姿が増えてくる。
緑色の宝石を抱えたラフィオが、適正を測りながら見当をつけているようだ。
「あの子は知り合いかい?」
「一年生だね。話したことないなー」
「俺も」
「あの子は?」
「だめ。なんとかバズろうと、毎日ショート動画撮ってるような子」
「そうだったのか」
「うん。覆面男がうちの生徒って知ったときも、嬉しそうに動画上げてたよ。ちょっとバズって、その後に繋げられてなかったけど。ほら」
動画投稿サイトで数万の再生があったと表示されていたその動画は、確かに実績としては大きかったのだろう。
けど、他の動画は数十程度の再生しかされてなかった。
「魔法少女にするわけにはいかないな」
「うん。一瞬で正体バラしちゃうやつ」
「うまく行かないね」
バスの窓から見える範囲のうちの生徒に、魔法少女の候補者はいなかった。仕方がない。ゆっくり探そう。
教室に既に何人もの生徒がいて、夏休みの思い出や新学期の楽しみについて語り合っていた。
俺たちが教室に入れば、みんなおはようと言ってくれるし俺たちも返す。遥が言われることが多いかな。
「ねえ遥聞いた!? やばいよ!」
と、そこにさらに前のめりな姿勢で話しかける女子がいた。
「なになに? なにか面白いことあるの?」
「それがね! うちのクラスに転校生が来るんだって! やばくない!?」
「へー。それはやばいね」
なにがやばいんだろう。
「どんな子なの?」
「わかんない! けど、朝来たら机がひとつ増えてたらしいよ! それって人が増えるってことだよね! るっちゃんが先生に聞きに行ったら、転校生が来るって! やばいよね!」
こいつは、毎回やばくないと気がすまないのだろうか。
「へー。それはすごいね」
「やばいよね」
「うん。やばいね。どんな子かは、まだわからない?」
「るっちゃんが先生に訊いたらしいんだけどね」
「うんうん」
「すぐにわかることだから、詮索するな、だって! やばくない?」
「うん。それはやばいね!」
なんの情報も得られないことは、確かにやばいと思う。
「だってさ悠馬! 転校生だって! やばくない?」
「俺と話すときは、やばいをつけなくてもいいからな」
「あははー。流れでつい。でもわくわくするね。転校生ってどんな子なんだろう」
「悠馬はどこだぁ!?」
「!?」
不意に、教室の外からやたら大きな声が響いてきた。
女の声なのはわかる。聞き覚えのない声だったけど、間違いなく俺の名前を呼んでいた。
周りの注目が一斉に俺に集まる。待て。なんで俺なんだ。俺、何かしたか?
次の瞬間、開けっ放しだった教室の出入り口から、女子生徒がひとり入ってきた。
うちの制服の夏服を着ている。リボンの色から、同学年とわかるけど見覚えのない顔だ。
黒目がちの目で俺を睨みつけている。ロングの髪は、少しだけ色素が薄いのか茶色がかっていた。俺に敵意を向けているのもあって、獰猛な肉食獣のような印象を受ける顔つき。
あるいはそう。密林に住むアマゾネスというべきか。
スカートは周りと比べると丈を長めに調整しているらしい。それをバタバタとはためかせる勢いで彼女は俺に突っ込んできた。邪魔な机を突き飛ばす勢いでの、全力の突進。
胸部の、夏服のブラウスを押し上げている大きな膨らみが揺れる。
男子の誰かが、うわデカいとかエロいとか言ってるのが聞こえたけど、俺はそれどころではなかった。




