8-40.液体窒素
俺もライナーもすぐに駆け出して回避する。
直後、フィアイーターはドシンと大きな音と共に着足した。地面が軽く揺れたような気がする。あと、レンガで舗装された地面に軽くヒビが入っている。
見た目はフワフワの布のくせに、重いらしい。
「フィアアアアアアアア!!」
「うわまた来た!」
再度のジャンプ攻撃。一度跳べば着地地点の調整はできないから、跳躍を見越して回避するのは簡単だ。ただし。
「あ。校舎が」
キャンパス内にいくつもある建物の外壁にフィアイーターがぶつかった。みしりと音がして、ヒビが入る。
「やっぱり重量感あるんだね」
「みたいだな。てか、避け続けてもまずいよな」
「うん。このまま大学が壊されるのを見てるわけにもいかないっていうか」
「こらー! やめなさい! わたしより頭いい奴らの学校を壊すのはいいけど、ほどほどにしなさい!」
「フィアアアアアアアア!」
「あぎゃー!?」
醜い本心を吐露しながら斬りかかったセイバーだけど、フィアイーターの腕の振りのパワーには勝てずに弾き飛ばされてしまった。
一応セイバーもフィアイーターの腕の一部を切り裂くことには成功。傷口からは、中までびっしり詰まっている黒い布が見えた。
中が空洞でコアが浮かんでるのではないらしい。中まで物語蜜に詰まってれば、重くなるのは当然か。単に被ってるだけに見える布にも、中身があるのだろうし。
弾き飛ばされたセイバーは華麗に着地し、なんとか敵をバラバラに切り裂けないか観察している。ハンターは、フィアイーターの足にとりあえず矢を放っていた。
「これ、わたしが蹴ってもあんまり意味なさそうだよね。表面が柔らかいから。蹴っても砕けないから、中のコアを見つけられない」
「そうだな。蹴り倒して、セイバーが斬りやすいようにお膳立てするとかかな」
「あー。お膳立て。セイバーの手伝いっていうのが、なんか引っかかるんだよねー。やるけど」
「あとは、なんとかしてフィアイーターの体を固くできれば、蹴って砕けるかも」
「固くするかー。そんなうまい方法、ないと思うけど」
「ふたりとも! あのフィアイーターをこっちに誘導して!」
不意に、頭上から樋口の声が聞こえた。
さっきヒビが入った建物の、四階の窓から身を乗り出している。俺と同じ覆面をしていた。
その指示の意図はわからない。細かく説明している暇もないのだろう。
けど、従うことにした。
「ライナーできるか?」
「うん。任せてー」
気軽そうな返事。けれど直後にライナーは真剣な表情になり、フィアイーターに向かってダッシュした。
無計画に突っ込めば、さっきのセイバーの二の舞だ。ライナーもあまり思慮深い方ではないけど、セイバーと同じ失敗をするのは避けたがる性格をしている。それから、元アスリートだった。
フェイントをかけてフィアイーターの腕を空振りさせた上で、その腕を思いっきり蹴り上げた。
さっき自分で言っていた通り、柔らかい布製の体は蹴ったところで表面を砕くことはできない。けど、蹴られた痛みはあるらしい。フィアイーターは怒りの籠もった咆哮をあげて、ライナーに向けて跳躍。
地面がまた砕ける。多少の被害はこの際仕方ないと受け入れるつもりらしい。どうせ修理するのは自分たちではないし。
「足が遅いよー。ほらほら。こっちだよ!」
その場でぴょんと跳ねてフィアイーターを挑発したライナー。そして彼女は樋口がいる窓の真下まで駆ける。フィアイーターはまっすぐそこに突っ込んでいって。
「離れて! 危ないから!」
直後、フィアイーターの頭に何かの液体がかけられた。大量の白い煙を出しているそれは、湯気というよりは。
「液体窒素ね」
俺の隣に駆け寄ったセイバーが、その正体を言い当てる。
――――
倉庫から逃げた樋口は、建物の外に出ていくフィアイーターをやり過ごして倉庫内の様子を見に戻った。
キエラたちの姿は既になかった。こんな世界よりも、自分たちの生きやすい世界にさっさと戻ったのか。
教授はフィアイーターに踏み潰される形で死んでいた。生きて罪を償ってほしかったけど、仕方なかった。
外に出て魔法少女たちの戦いに加勢すべきと考えつつ、美穂たちの安否が気がかりだったから電話をかけた。浩一とともに無事だったようだ。
そのまま真っ直ぐ家に帰るよう言おうとしたけど、魔法少女たちが苦戦してるのが見えた。味方をぶん投げて攻撃なんて、なかなか無茶なことをする奴だ。しかも動きが俊敏だし、重そうと来た。
「ねえ。あの怪物の動きを止められる方法、なにか知ってる?」
『えっ? えっと……浩一、なにかわかる?』
『液体窒素でもかければ凍るんじゃないか?』
「液体窒素?」
それがなんなのかは知っている。冷たい液体だ。触れたものを凍らせる。
ざっくりとしか知らないけど。
「あるの?」
『理学部棟ならあるだろ。隣の建物に来てくれ。学生たちに声をかけて、集めるから』
「使わせてくれるの?」
『魔法少女が必要って言えば、みんな使わせてくれるだろ。魔法少女のファン多いし』
大学生でもみんな好きなのね。可愛らしいから、アイドルを好きになるのと同じ感じかな。




