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駄目社会人の姉と、その他問題児たちが魔法少女になったから、俺がサポートする  作者: そら・そらら
第8章 夏のオカルト回

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8-36.犯人確保

 振り下ろされた金槌を回避して、その腕を掴んで捻り上げながら、身を引き寄せる。たたらを踏むようにバランスを崩した男の後ろに回って膝をかかとで突いて姿勢を低くした上で大きく突き飛ばした。

 床に投げ出された教授の腹を思いっきり蹴って、痛みで動けなくする。奴はハンマーを取り落としたものの、まだ闘志は失っていない様子だった。


 ここを切り抜けなければ人生の終わりだもの。必死にもなるか。無駄な努力なんだけど。


 素早く立ち上がり、両腕を振り回しながら突進してきた。前もほとんど見えてなくて、ただ全力で動いているだけ。けれど存外速かった。避ける暇もなくて、後退しようとしたら背中が冷たい水槽に当たった。

 そこに男が突っ込んでくる。ふたりして、水槽もろとも床に倒れ込む。アクリルがひしゃげる音がした。水が大量に床にぶちまかれて、樋口にも水がかかる。


 のしかかっている格好の教授の鼻面に頭突きを食らわせて怯ませると、体を押し戻して今度は樋口が上に乗る。そして彼の顔を何度も殴って、ようやく戦意を喪失させた。


「ふたりとも、怪我はない? ロープとかタオルとか、縛れるものを持ってきて。あと警察に連絡……は、わたしがやるべきね」


 立ち上がって、教授を踏みつけて逃走しないようにしながら、美穂たちに話しかけた。濡れたジャケットは邪魔だから脱ぎ捨てる。最悪、これで縛るしかないかな。


 スマホを取り出して、県の公安に電話をかけた。濡れていたけど、壊れなくて良かった。モフミドロの正体がわかって確保したから、適当な人を寄越してと場所を伝えた。

 公安の人間が来るか、それとも捜査チームに手柄を譲るかは県警が判断することだ。


「あの。樋口さん。これを」


 美穂が着ていた薄手のカーディガンを手渡してきた。ロープの代わりにするのではなく。


「濡れてて、服が……」

「ああ。ごめんなさいね」


 水槽を倒して水を被るとは思ってなかった。ブラウスが透けてしまっていて、樋口はありがたくそれで体を隠させてもらう。


「あんた何者だ? 美穂となんの関係が?」


 浩一が、どこからかビニール紐を持ってきて教授を縛り始めた。ここは倉庫で、探せばそういうものはあるだろう。


「浩一。彼女は樋口さん。警察だよ」

「警察……うちの研究室にこの前来た刑事とは雰囲気が違うな」

「ええ。殺人事件の捜査をする部署ではないから。彼女とは別件で知り合ったの。ああ、彼女が犯罪に巻き込まれたとかではないから、安心して」


 警察と知り合いと言えば市民は身構えてしまいがちだ。安心させるために言ったけど、浩一は大して気にすることもなく教授の手足を縛り終えた。


「そうか。美穂に言われて、一緒に来てくれたのか。助かった」

「ええ。まあ。そういうことね」


 実際には美穂の独断専行だったのだけど、不必要に彼女の評価を落とすこともない。


「もうすぐ警察が来るはずよ。あなたたちも参考人として聴取を受けると思うけど、協力をお願いね。犯罪者じゃないから、警察の態度も優しいものよ。安心して。確認だけど、この男が殺人犯で、血を抜き取っていたってことでいいのよね?」

「ああ。ここのどこかに血液から成分を抽出する装置があるはずだ」


 浩一の言葉を受けて、樋口は、倉庫内を歩く。水槽の裏に机が置いてあり、それらしい機械もあった。


「抽出する装置って、どんなもの?」

「遠心分離機だよ。ああ。それだ」

「なるほどね。遠心分離機」


 どう使うのかはわからないし、警察の専門家に任せよう。


 机の横に奇妙なものがあった。黒い色をした、大きななにか。緑色は、細長い布の集合体で作られているらしい。

 チアリーダーの使うポンポンを大きくしたもの。あるいは、迷彩に使われるギリースーツと言うべきもの。


 成人男性でも、これを被れば体全体を覆えそうだ。そして巨大な藻の怪物みたいな風貌になる。色は黒だけど、暗がりで目撃者が緑と誤認した可能性が高い。


「これが、目撃されたモフミドロね……」


 顔を隠して、目撃されても自身に疑いが向かないようにするためのもの。黒いから闇に紛れて目撃自体されにくくなるし、被害者を襲う際も接近しやすかったのだろう。


 体全体を覆うから、抜き取った血を入れた容器も見えず動機が判明しにくい。血が抜き取られているのは、警察が詳しく調べるまでわからない。


 目撃者が緑色と誤認して、藻の怪物という言葉が生まれて広まっていったのは、彼にとっての不幸だな。


 あるいは本当に模の怪物のせいにして、世間で暴れるフィアイーターと関連付けて、罪を人間ではなく人智の及ばない存在に押し付けたかったのかも。

 単に暗幕を被るのではなく、わざわざこんな物を作ったのだから、ありえそうだ。研究に追い詰められて、正常な判断力を失った状態での考え。


 まあ、それは県警の取り調べに任せればいい。自分は、さっさとこの場から立ち去り本来の業務に戻らないと。魔法少女たちに、殺人犯は捕まって心配事は無くなったと伝えるのが、最初にすべきこと。


 だからスマホを操作しようとした瞬間。


 モフミドロのスーツの近くに、不意に人の気配がしたからそちらを見た。

 さっきまで存在しなかった気配が、突如として現れたから。


「なんか、新鮮な恐怖の感情を察知したから来てみたけど、終わっちゃったみたいね」

「うん。恐怖が貰えるって思ったけど、駄目だったね」

「かわいそうなティアラ。みんなが恐怖に怯えてくれれば、あなたはお腹をすかせなくて済むのに」


 高校生くらいの少女と、小学生のくらいの少女がいる。夏休み中の大学には、ちょっと不自然な組み合わせの子だ。

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