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駄目社会人の姉と、その他問題児たちが魔法少女になったから、俺がサポートする  作者: そら・そらら
第8章 夏のオカルト回

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8-34.今、行動する時

 手にはお盆と、空の食器。部屋に引きこもっている彼女に母が朝食を持っていくのは日課になっている。食べ終わったそれをキッチンまで運んでいく途中だったんだろう。

 一日中部屋からでない上にスマホまで取り上げられた彼女は、前よりずっと痩せて見えた。けど、少なくとも外に出て、あの家の住民や警察の厄介になることはない。それだけでも良いと思うべきなのかも。


 そんな彼女は。


「うん。そうだ。やっぱりあの顔だ。あんたは、あの日のあたしだよ」


 ひとりで頷き、勝手に納得していた。


「あの日って?」

「あたしの旦那が心中を決めた日だよ」


 思いもよらない返答が帰ってきた。


 ふたりの死者が出た恐ろしい出来事。その当事者である周子は。


「あたしゃね、わかってたんだよ。旦那が何か恐ろしいことをするってさ。わかってて、止めるべきか悩んだ。その時、鏡に写った自分の顔を今でも覚えてる。あんたと同じ顔してたよ」

「そう、なんですか。その日の夜に、事件が? 伯母さんは、わかってて止めなかったんですか?」

「そうだよ。旦那がやろうとしてたのが心中だなんて思ってなかったし、その日のうちにやるとも思わなかった。が、その日の夜にでも話してれば、違っていたのかもね」

「後悔、してるんですか?」

「そりゃあもちろん。あんな旦那でも、あたしと結婚してくれた。それに息子も……今思えば、不出来な息子だけど、可愛かった」


 それが母親というものなのかな。美穂には、まだわからない感覚。


 この女は、結婚を急いで妥協して、不幸せな家庭を作ったと聞いている。それは事実なのかもしれない。

 それでも、家族は家族だった。憎しみや疎ましさしかない、なんてことはありえない。


「なんで、こんなことになったのかねえ。心の底では愛してたのに、文句ばっかり言って。失って始めて後悔するなんて」

「きっと、愛していたことは旦那さんや息子さんもわかっていたと思いますよ」

「そう……だといいけど。こんなあたしでも、一度は愛してくれたのかね」

「ええ。天国で見守ってくれてるはずです」

「天国で、ね。お盆になったら戻ってくるかね」

「はい。きっと」

「今年のお盆は過ぎちゃったけどね」

「だったら、来年のお盆までに、ふたりに恥じない人になってください。そうすれば、おふたりも戻りやすくなると思いますよ」


 お互い、死んだ人間が盆に戻ってくるとは思っていない。

 けど、それで生きた人間が変われるなら幸いだ。


「そうだね……そうだね。心を入れ替えるなら、今しかないね」


 周子伯母さんは、久々に見るような晴れやかな笑顔をしていた。それを、美穂に向けた。


「あんたはどうする? 旦那にしたいって男が、なにか企んでるのかい?」

「そう……です」


 周子は浩一のことを知らない。けど、同じ表情をしていたことから、推測で言い当てた。


「そうかい。あたしに言えることはひとつだけだよ。あたしみたいになるな」

「はい……はい!」


 そうだ。浩一が何をしているにしても、わたしが止めないと。じゃないと、今度はわたしが後悔することになる。


 部屋に戻っていった周子を見送りながら、美穂は出かける準備を始めた。

 そうだ。一応樋口さんにも連絡しておこう。本当に事件が起こった時、頼りになるのはあの人だけだから。


 準備を手早く済ませて、美穂は大学へと走った。



――――



『浩一がなにか企んでいて、大学には絶対に行くなと言われました。でも気になったので行きます。何かしているなら止めないといけないので。また連絡します』


 県警の公安課の一室を間借りしてオフィスにしている樋口のスマホが鳴った。美穂からだ。

 また呼び出しかと思ったら、違った。暴走しますという宣言だった。


「なんで言うこと聞かずに突っ走るのよ最近の若い子は! 何もするな大人しくしなさいっていったでしょうがー!」


 不意に出てきた叫びに、県警の公安課職員が何事かと覗き込んできた。


「なんでもないわ。ちよっと行ってくる」


 赤面しそうになるのを咳払いでごまかして、樋口は本部から出て車を運転し大学へ。さっさとあの子を連れ戻して帰ろう。どうせ大したことにはならない。土居浩一は犯人ではないのだから。



――――



 浩一は、この広いキャンパスのどこにいるんだろう。本人に電話して聞いても、答えてはくれないだろう。

 とりあえず理学部の建物に向かう。と言っても、それだっていくつかある。浩一の研究室がある建物でいいと思うけど。


 周りをキョロキョロ見回しながら歩いていると、見つけた。建物に入っていく浩一の姿があった。


 美穂は咄嗟に隠れてしまう。見つかったら、なんで来たんだと怒られそうだから。


 けど、彼を放っておくことはできない。険しい顔をして歩く彼の手には、バールが握られていた。

 どこかの倉庫から調達したのかな。けど、何に使うのだろう。大工仕事? 大学で?


 それより、凶器としてつかうのではという心配が勝った。


 誰かを襲って殺して、血を抜くのでは。最近、警官の夜のパトロールが厳しくなったと聞いた。だから、昼間から大学で血を調達することにしたのかも。

 大学は私有地だから、警察も容易には入れない。学生たちは夏休みだから、数もあまりいない。つまり学内で人を襲っても目撃される危険は少ない。

 遠くから下宿している学生なんかがいれば、しばらく連絡が取れなくても家族に気づかれることがない。


 浩一が人を殺して血を奪うのに都合がいい条件が揃っている。


 駄目。そんなことはさせない。美浦はこっそり浩一を追いかけて理学部棟の中に入る。


 彼の研究室は確か、ここの六階だったかな。上の方だったはず。

 なのに彼は、少し迷った様子を見せながら、階段を下っていった。


 建物に地下室があること自体は珍しくはないけれど、前に聞いたことがある。地下室はもう何年も使われておらず、開かずの扉になっていると。

 この殺人事件が起こる一年以上前の、平和な時期にあった会話。浩一も先輩から世間話みたいな感じで聞いたらしい。


 その開かずの扉に、なんの用なのだろう。

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