8-30.花火
セイバーは、ようやく真実に思い至ったらしい。割と最初の方から言ってたんだけど。
「た、確かに! じゃあさっきのは作り話……ライナー?」
「あははー。だって! 冗談で言ったらお姉さん思ったより本気にしちゃったから」
ライナーは俺の陰に隠れながら、悪びれない態度を崩さなかった。
「ねえみんな。見て。花火始まったよー」
夜空にいくつもの華が咲き、セイバーとライナーの対決は終わった。
「……綺麗ね。ここから見ると、一段と綺麗」
「そうだな」
「でも、わたしの方が綺麗だよねー」
「馬鹿な自賛はやめなさい。というか、それ言ってもらうから意味があるの」
「あはは。悠馬はそういうの言ってくれなさそうだから」
「当然よ。そんな安っぽい口説き文句言うはずないでしょ」
「言ってほしいなー。ねえ悠馬?」
お前らは仲良くしろ。
「ねえラフィオ。花火って、よく見たらモフモフに思えてきた」
「なんでだ」
「なんか、ふわふわしてそうじゃない?」
「わからない」
「触りたいなー」
「やけどするからやめておけ。見るだけが一番だ」
「だよねー。綺麗だね!」
「ああ。そうだな」
屋根の上で体育座りするハンターと、その膝の上に座った小さなラフィオ。こっちの方が、いくらか平和だ。
「皆さん。花火をバックに魔法少女たちの写真を撮りたいです。悠馬くん、悪いけど覆面、もう一回被ってくれる?」
「ああ。いいぞ」
撮れ高はある方がいいもんな。
ラフィオはハンターの頭の上に乗って。俺の両隣にセイバーとライナーが陣取って、自分の方に俺を引き寄せようと醜い争いをしている。
それでも、一際大きな花火が上がった途端、みんな笑顔でカメラの方を向いた。うん、いいチームだ。
その後も花火が上がるたびに、河原の方から歓声が聞こえる。怪物騒ぎはあったものの、それをすぐに乗り越えて楽しいものに向き合っている。
なんて幸せな光景だろうな。こういう心を住民がみんな持っていれば、敵は恐怖を集められないだろう。
キエラの野望は、実現までまだまだ時間がかかりそうだ。
やがて花火が終わり、祭りの終了を告げて帰宅を促すアナウンスが流れて、それぞれの家や駅の方へ人の流れができていくのを、上から見下ろしていた。
俺たちも帰ろう。とりあえず拠点としている家まで向かい、それぞれの家まで行く。楽しい夏の一日は、こうして終わった。
その夜。また謎の殺人鬼による死者が出た。
被害者は、フィアイーターによって壊された屋台の片付けをしていた業者のひとりだ。遅くまで作業をしていて、ひとりになった所で襲われたらしい。遺体からは血が抜き取られていた。
深夜ということで目撃者はいなかったが、翌朝になればニュースが市内全域に広まるのは自然なことだった。
「警官たちは頭を抱えてるでしょうねー。お祭りの警備って大きな仕事が終わって油断したところで殺人事件だから。警戒していたのはどうしたんだって、市民からクレームが来てるかも」
「クレームなんかつけても、何も始まらないのにな」
「ええ。本当に。市民が言ってくることなんて、警察はとっくにわかって対処しているのにね」
「文句を言うのが趣味みたいな人がたくさんいるよね。よく聞くわ。何かあればクレームが飛んでくるって。それも同じ人から」
「姉ちゃんの会社にも来るのか?」
「うちの会社の商売相手は消費者じゃなくて工場とかの他の生産者だから。BtoBの会社にはクレームはあまり来ない。ただ、営業に行った客先で、消費者からの電話に悩まされてるって愚痴はよく聞くわ」
「メーカーっていうのは大変なんだな」
「ええ。警察なんて市民みんながお客さんだし、そりゃ大変でしょうね」
「お客さんって言い方はどうかと思うけどね。でも愛奈の言うとおりね」
別に自分がクレーム対応をしてるわけではない樋口は涼しい顔だ。
警察たちは大忙しだろうに、樋口は暇なのか拠点としている家にやってきた。
樋口の一番の仕事は俺たちの安全の確認だから、間違ってはないだろうけど。捜査は専門の部署がやっているはずだ。
「土居浩一の捜査はやってるわ。けど、事件に関与している証拠はない。そもそも、彼の研究室でのテーマは環境変化における藻の変化だから。血液から作られる栄養促進剤は、教授が院生と共同でやってるそうよ」
研究室の重要テーマなんだろうな。
「あと、別にブラックな研究室でもないそうよ」
「かき氷できましたよー。トッピングはご自由に」
「ふわふわモフモフのかき氷にできました!」
キッチンから遥とつむぎがやってきた。さっき河原から拾ってきた石を魔法陣に並べていたラフィオも、腰をあげてテーブルの方へ来た。
細く繊細なかき氷を作れるというかき氷機を遥が持ってきたから、早速使うことにした。
スーパーからシロップや、各種フルーツを買ってきて映えそうなかき氷を作る。ついでに、キュウリとナスも買ってきて精霊馬を作ろう。
野菜に爪楊枝を刺すだけの馬作りはすぐに終わった。マンションに持ち帰って仏壇に飾ろうかなと考えていると、と樋口が訪問してきたというわけだ。
「わたしもかき氷食べていいかしら?」
「いいですよー。樋口さんのお好みは?」
「宇治金時」
「渋いですねー。わたしはレモンかなー」
遥が黄色いシロップをかけて、さらに輪切りにしたレモンをトッピングしていく。齧るのかな。
愛奈はいちごのシロップを手にとった。なんとなく、自分のカラーに合わせているのかな。
「いちご味シロップってさ、いちごの味とかけ離れてるわよね。いちごって、こんなに甘ったるくないというか」
「そうですよね。甘酸っぱいというか。高いいちごだと糖度高いんでしょうけど」
「スーパーで売ってるやつだとねー。今日は甘々な気分だから」
缶詰のマンゴーを添えた。これはこれで美味しそうだ。




