8-26.いつの間にか付き合ってる人たち
あのふたり、剛が女装している男ってことに気づいてなかったな。文香に至っては、自分の部のマネージャーなのに。普段から顔を合わせている相手だとは思ってもいない様子だった。
「ふふっ。僕の女装が完璧というわけだね。麻美さん、僕たちも行きましょう。お腹がすきました」
「そうね。じゃあ先輩、わたしたちはこれで」
剛は女装に手応えを感じていたのか、かなり嬉しそうだった。そしてふたり揃って行ってしまう。手を繋いでだ。
「……え。あのふたり、そういう関係なの?」
「みたいですねー。岩渕先輩、年上好きだったんだ」
「麻美が年下好きだったのが意外っていうか……剛くんお金持ちだったわよね。まさか財産狙い……」
「いやいや。ないと思いますけど。普通に恋愛してるだけですよ」
「いーや。麻美も隅に置けないわね。お金持ちと結婚すれば将来安泰よね」
「麻美も割とお金持ちの方だけどな」
「同じことすればいいですよ。お姉さん、胸はないですけど顔はいいですから。いい男捕まえれば、将来の心配なんかしなくて済みます」
「わたしには悠馬がいるから。他の男はいらないの」
「それがわかんないんです」
「わたしは将来的には弟と結婚するので」
「なんでそれが可能だと思えるのか。なんで大真面目にそんなこと言えるのか。わたしにはわかりません」
このふたりはなんの話をしてるんだ。
――――
隙あらば駆けだそうとするつむぎを、ラフィオは油断なく見張りながらお祭りを楽しんでいた。
なんとなく、人の流れは一定方向に向っているようだ。どこに行くかはわからないから、つむぎに訊いてみた。
「神社だよ。この先をずっと行ったところに階段があって、その上にあるの。階段の所までお店が並んでるから、みんなそこまで行って戻ってくるの」
「なるほど。神社にお参りもするのか?」
「みんなするわけじゃないよ。階段登るの疲れるって人もいるし」
「そうか」
普段の体力の問題もあるし、浴衣を着てると動きにくいから余計に疲れるってこともありそうだ。
「高い場所から花火が見たいって人は、登ることもあるけどね。だいたいの人は河原で見るよ。そっちの方が見晴らしはいいし。ラフィオはどうする?」
「どうしよっかな。いつも河原には行ってるもんな……」
花火を見るのは決定事項らしい。それがお祭りのメインイベントだし、構わない。
「あ。ももちゃんだ。おーい」
ラフィオが返事をする前に、つむぎは人混みの中に知り合いを見つけたらしい。
相変わらず、格好を忘れて全力で駆けだそうとするつむぎの手を握って止めながら、そっちを見る。
桃乃はひとりではなく、数人のグループで来ていた。女友達だけではなく、男の子も混ざっている。
男女複数人ずついる集団の中で、桃乃は彼女の想い人である少年と、なんとなく距離が近いように見えた。
「邪魔しないでおこう」
「うん。そうだね。長谷川くんと、仲良さそうだもんね」
このモフモフ悪魔が、他人の恋に理解を示すなんて意外だった。
「わたしたちも負けないように、仲良くしないとねー」
「うん。そうだな」
自分たちを重ねて見てただけだったか。
「ラフィオー。モフモフさせて!」
「サメでもモフってろ」
「ぶえっ」
抱きつこうとするつむぎに、さっき手に入れたサメのぬいぐるみを押し付けて阻止する。
今は駄目だからな。
――――
「なんとなく神社の方に向かってるけど、さすがに階段登ってお参りは無理よね」
屋台で買ってきた焼きそばを食べ歩きながら、愛奈が思い出したように言う。
縁日の終点が神社なのは、地元民なら常識だ。そして、神社に行くことに特に意味はないことも。
信心深い人間なら、お参りすれば気分が良くなるとかあるかも。けど俺たちはそうではない。
そもそも、車椅子では階段を登れないし。
「どこかで引き返しましょうか。つむぎちゃんたちと合流して花火を見ましょう」
「お姉さんだけ神社にお参りしてもいいんですよ? 今年も平和にお祭りができましたって、神様に感謝して」
「いや。なんでよ。あとお姉さんじゃないし」
「ふふっ。知ってますかお姉さん。あの神社、この時期になると出るんですよ」
「出るって、なによ」
「幽霊に決まってるじゃないですか。一部では有名な話ですよ? あの神社には、髪が伸びる人形が収められていて、夏のこの時期になると人形から霊が抜け出て人の前に現れると……」
「ひぃっ!? そ、そんな話聞いたことないわよ!?」
「俺もないな。遥、本当なのか?」
「本当だよー」
そう言いながら、遥は俺を振り返ってぺろりと舌を出した。
即興の作り話か。愛奈を怖がらせるためにそんなことを。
「ゆ、幽霊なんて非科学的だし、髪が伸びる人形なんて実在しないのよ! び、ビール売ってる屋台はどこかしら」
「怖くなったら酒に逃げる癖は直したほうがいいぞ」
「だってー! どうするのよこれから神社とか行けなくなっちゃうじゃない! 行く用事なんてほとんどないけど! 行かないけど! でもこれ、怖いからじゃ……」
不意に、俺たちのスマホが鳴り出したから、愛奈は言葉を途切れさせた。
俺たちだけじゃない。祭りに来ていた人たちのスマホが、一斉に警報を鳴らしだした。
フィアイーターが出たのか。
場所は。
「そこの神社の上らしい」
「なんでよ!?」
怖い話を聞いたばかりで行けないと騒いでいた愛奈が、タイミングの悪さを呪った。




