8-25.サメ釣り
「むむむ。お菓子か……」
「残念だったね」
「あのぬいぐるみ欲しいな! よしもう一回!」
「無駄遣いするなよ」
「大丈夫。モフモフの気配を感じ取るから……」
サメ釣りの屋台の前で、つむぎが難しい顔をしている。
サメの人形を棒で釣り上げ、それについているクジに沿った景品が貰える。いわゆるクジ引きなんだけど、サメを釣る過程が人気の屋台らしい。
貰った駄菓子の詰め合わせをラフィオに押し付けたつむぎは、モフモフの気配を真剣に読み取っているようだ。
「これだ!」
釣り上げたサメについていたクジは……。
「一等賞じゃなかったけど、まあいいか」
それでも十分に大きいサメのぬいぐるみを抱えながら、つむぎはラフィオにぴったりついていく。
一番大きなサメのぬいぐるみは、それこそつむぎの身長くらいの長さがあった。さすがにそれを抱えたまま、お祭りを見て回るのはできない。
つむぎが本当にぬいぐるみを引き当てたのは、気配察知の力なのかという疑問は残った。
「あ! ラフィオ見て! 射的やってる! 景品がクマのぬいぐるみだって」
「そうだな。もうぬいぐるみ増やすのは控えような。持てなくなるから。というか、射的なんてやったことないだろ」
「うん! ないと思う! でも戦ってる時はいつもしてるし」
「魔法少女になって、クマさんのぬいぐるみを射抜くつもりか」
「んー。それはかわいそうだな……」
「それより、お腹すかないか? なにか食べよう」
「プリンとか?」
「あるかなあ……」
縁日の屋台でプリン? ちょっとイメージできない。
「あ。ベビーカステラあるよ。材料プリンと似たようなものだよね? 卵とか砂糖とか牛乳とか!」
「材料が同じだけだろう? けどまあ、食べてみよう」
「ねえ 後でお面屋さん探そっか。モッフィーのお面ほしい!」
「モッフィーなんだな。というか、お麺は別にモフモフじゃないぞ。あ、おい待て!」
ベビーカステラの方へ駆けだそうとしたつむぎを止めようとする。けど、彼女は数歩歩いて止まった。
「ねえ、ラフィオ」
「どうした?」
「この格好、走りにくい」
「だろうな。走る格好じゃないからな。歩くだけなら違和感なさそうだけど」
「うー……走りたい」
「今日は我慢しろ、な。僕と一緒にゆっくり歩くぞ」
「それはそれで楽しいけど……」
――――
「あ。先輩! こんな所で奇遇ですね!」
「麻美じゃない。あなたも来てたのね」
人混みの中からこちらへ声をかける者がいた。麻美だった。祭りと言っても浮かれた姿をせず、ジーンズにシャツ姿だった。隣に、浴衣姿の美人がいて仲良さげについてきている。
「先輩、浴衣似合ってますね」
「でしょー? 巨乳に見えるでしょ?」
「いえ、それは違いますけど。先輩は今日も貧乳ですけど」
己の胸囲について錯乱した認識を持った愛奈に、麻美は冷酷に真実を告げた。
それはいいのだけど。
「麻美。あなたの隣にいる美人さんは……まさか剛くん?」
「はい。こんばんは。そういう気分だったので、着てみました。似合ってますか?」
「ええ。とても……すごい美人に見える……なんか負けた気がする」
「わたしもです、お姉さん。男がこんなに綺麗に見えるなんて。先輩すごいですよ」
「お褒めに預かり光栄です」
「なんというか、負けた気分……ていうか、なんでこのふたりで行動してるの?」
「なんとなく、誘ったら一緒に来てくれると言ってくれたので。それに僕がこの格好してると、男からナンパされそうなので。友達と来ていると言い訳するために」
「わかるー。この格好だとナンパされそうよねー」
愛奈はなんの共感をしているんだ。ナンパされたいのか。真っ先に声をかけるのが麻美だった理由は不明だ。気が合うとかなのかな。
剛の立場だと、誘う人間は他にいるはず。例えば、同じ部活の。
「あれー。遥じゃん」
「あ、部長。こんばんは」
向こうから、浴衣姿の知り合いがふたりやってきた。
陸上部部長の早坂文香。その隣にいるのは生徒会長の佐原三咲だ。
家が近いふたりは親友で、だから一緒に夏祭りに来たのだろう。
「むむ……」
ふたりとは関わりがほとんどない愛奈は、俺に何者かと尋ねる前に、ふたりに目が釘付けになっていた。
特に、部長に文香の方に。
「大きい……」
その一言が愛奈の気持ちを全て表していた。
たしかに、早坂部長は巨乳だ。普段、陸上部のユニフォームで見ているからわかる。
故に、着物姿であっても部長の胸囲は全く隠せていなかった。これでも押さえているのか、普段よりは比較的控え目ではあるのだけど、愛奈に負けを自覚させるには十分で。
「諦めろ姉ちゃん。これが現実だ」
「な、なんてこと……」
「あなたが悠馬のお姉さんですね。ちゃんとお話しするのは初めてかな。いつも遥たちから話は聞いてます。女手ひとつで弟を育ててるの、尊敬します」
「え。あ。いつも悠馬がお世話になってます……」
文香から手を差し出されて、社会人としての習性で反射的に握手を返す。その視線はまだ文香の胸に注がれていて。
ふと、隣の三咲にも気づいた。常識的な大きさの生徒会長の胸は、浴衣姿でほぼ平坦となっていて。
「よし。こっちには勝ててる」
「な、なんですの!?」
「勝ててはないからな」
怪しげな視線を感じて後退る三咲。文香は全然気にしてないようだけど。
「行こっか三咲。遥、悠馬、羽目を外しすぎないようにね。お姉さんも、お会いできて嬉しいです。そこのおふたりも」
麻美と剛にも一礼して、文香たちは去っていった。




