8-24.お祭りの屋台
市民どころか県内各地から多数の客が来るイベントだ。人通りも多い。みんなで行動してもはぐれてしまうだろうから、スマホで連絡を取り合って後で合流。それまでは各々自由行動ということになった。
ちびっ子たちふたりだけで行かせるのに心配はあるけど、ラフィオがついてるなら大丈夫だろう。人通りはあるから、事件に巻き込まれることはなさそう。
俺は車椅子の遥を押して人混みの中を進む。混雑した所を車椅子で移動するのは難しいと、俺は思い知らされた。
丈の短めの浴衣のおかげで遥の障害は周りにわかりやすい。中には道を譲ろうとする親切な人もいるけど、譲るにしても人が多すぎて限界がある。
人混みをかき分けて行くこともできないから、ゆっくり進むことになった。
そして遥はといえば。
「人しか見えない」
「そうだな」
座っている関係で視点が低くなっている遥は、人混みの壁しか目に入らないわけで。屋台なんかが見たいのか、車椅子の上で背筋を伸ばす努力をしばらくしてから、諦めたみたいだ。
「お姉さん。面白そうな屋台があったら教えてください」
「お姉さんじゃないけどね。どんなのがいいの?」
「お祭りっぽい屋台です」
「お面屋さんがあるわ。好きでしょミラクルフォース」
「好きですけど。別にお面被って喜ぶ歳でもないですし」
「青い子がミラクルシャークだっけ。買ってあげようか?」
「あ。いえ。わたしどっちかというと、緑色のミラクルホッパーが好きです。キックが強い子なので、親近感があって」
「なるほどね。黄色い子じゃないのね」
「ミラクルタイガーはシールドを出してみんなを守る子なので。頼れる上に優しい子なんですけど、わたしの戦い方とはちょっと違って」
「ふうん。待ってて」
「あ! お姉さん!」
人混みをかき分けてお面屋まで行ってすぐに戻ってくる愛奈。緑色の女の子のお面を持っていた。
「はい、あげる」
「ありがとうございます。いえ、別にいらなかったんですけど?」
「でも、好きでしょミラクルフォース」
「好きですけど!」
もらってしまったものは仕方ない。遥は渋々、ミラクルホッパーを頭につける。顔を覆うのではなく、斜めにかぶる感じで。
「あ、わたあめ屋があるわ。ミラクルフォースの袋のやつ、買ってきましょうか?」
「なんでミラクルフォースにこだわるんですか!? というか、お姉さんずっと悠馬にくっついてるんですか!? ひとりで行動すればいいのに。それか、つむぎちゃんたちの保護者か」
「ふっ……今日のわたしは、悠馬と一緒じゃなきゃ危ないのよ」
「なんでですか」
「今日のわたしは、巨乳だけど浴衣のために平坦にしている女なの」
「それはさっきも聞きました。そういう人間の気分になれるって。あくまで気分だって」
「巨乳で、しかも美人のわたしを見てナンパしてくる男はいるはず! そんな時、悠馬に守らってもらわないといけないの!」
「ねえ悠馬どう思う? 愛奈さん気分の話をしてたのに、いつの間にか自分が巨乳って妄想に取り憑かれてる。というか普通を通り越して巨乳に行くの、普段からすごく胸のこと気にしてるってことだよね」
「そうだな。信じたいものを信じてるんだろうな」
「こんな姉を、悠馬はどう思う?」
「たったひとりの肉親だから。こんなのでも。実際、ナンパされる危険はあるし」
「はー。悠馬は真面目だなー。せっかく彼女と浴衣デートだっていうのに。お姉さんの世話なんて」
「ふふん。早くナンパされないかなー。なんかね、チャラい男がいたらこう言って返してやるの。わたしには彼氏みたいな弟がいますから!」
「悠馬。本当にこんなお姉さん、放っておかなくていいの?」
「放っておきたい気持ちはある」
「あるんだー」
「あ。遥ちゃんフランクフルトあるよ。食べる?」
「え? あ、食べます」
「買ってくるわねー」
「あの。そういえばさっきのお面もそうですけど、お金は」
「気にしない気にしない。大人の財布に任せなさい。悠馬も、欲しいものあったら言っていいわよ」
「え……」
駄目な大人と思っていた愛奈が、財力という大人の力を見せつけてきて、遥は少し見直したみたいな顔をする。
「大人ってすごいなって、時々思うんだよね」
「すごくない所も見てるけどな」
「それそうだけど。すごくないなりに、すごいって」
「わかる」
「お待たせー。あとなんか欲しいものある?」
「ありがとうございます。お姉さんも、好きなもの買ってきていいですよ。……お姉さんの好物って?」
「ビール」
どこかの屋台でついでに買ってきたのだろう。愛奈は水に濡れたビール缶を持っていた。大きなタライに氷水で冷やしてて、店で買うより割高な値段のやつだ。
場所代とか雰囲気代が上乗せされてるのだろうな。人混みの中で遠慮なくプルタブを開けて飲み始める愛奈。自分の分も買ってきたフランクフルトが肴で、豪快に齧った後。
「あ、悠馬もお腹すいたわよね? はい」
両手で車椅子のハンドルを握っている俺の口元に、フランクフルトを持ってくる。
「ちょっ! なに間接キスさせようとしてるんですか! 悠馬も食べようとしない!」
「いいじゃないこれくらい。普通よ。姉弟だし」
「駄目です本当に油断も隙もない! やっぱりお姉さん、頼れる大人ではないです!」
「ふふん。そうよ。今日のわたしは、浴衣姿のちょっと儚げな女の子。あと巨乳。だからナンパされちゃって、悠馬に助けられて」
「ビール飲みながら歩く儚げ女子なんていませんよ! 悠馬! なんとかお姉さんを振り切って進めない!?」
「無茶を言うな」
車椅子じゃ無理だ。




