8-22.宿題の後で
「悠馬さん、明日からもお姉ちゃんのこと、よろしくお願いします」
「なんで彼方がそんなお願いするの!?」
「お姉ちゃんに、まともな人間になってほしいから! お姉ちゃんが宿題しないなら、明日からはわたしが代わりに悠馬さんの家に行こうかなー」
「だ、駄目! それは駄目! 愛奈さん以外にライバルが増えるの良くない!」
服を掴む腕の力が強くなる。
「俺は真面目に宿題するような彼女が好きだな」
「ほんとっ!? わたしが勉強したら悠馬は好きになってくれる!?」
「わかりやすいお姉ちゃんでごめんなさい。そうだ、悠馬さん夕食も食べて行きませんか? わたしが作りますよ」
「待ってわたしも作る! わたしがおわーっ!?」
ローテーブルで長時間勉強していて、つまり床に長いこと座ってたわけで。片方しかない足が痺れたのだろう。キッキンに向かう彼方を追いかけようとして、そのまま床に倒れ込んでしまった。
「あ、足が……」
「普段、どれだけそのテーブル使って勉強してないかがわかるな」
「ち、違うもん! いつもは、そこの学習机使ってるから! 今日はほら! みんなと一緒だからローテーブルだったというか! というか悠馬助けて起こして!」
「まったく……」
「悠馬さん、夕飯できるまで待っててくださいね。お姉ちゃんと一緒に」
「ん? わかった」
彼方も、宿題を頑張った姉を労りたいのだろう。遥の体を抱えてベッドに座らせた俺に、そう声をかけて部屋を出た。
「えへへー。部屋で悠馬とふたりっきりー」
「嬉しそうだな」
「そりゃ嬉しいよー」
俺もベッドに腰掛けると、遥はごろんと寝転がって俺の膝を枕にした。
男の膝枕なんて嬉しいのか訝しんだけど、遥は心地よさそうだった。
じゃあ、しばらくこのままにしてあげるか。夕飯もご馳走になろう。ラフィオに、俺の分の夕飯はいらないと連絡しておいた。
ということは、愛奈が帰ってきた時は。
――――
「なんで悠馬がいないのよー!?」
「遥の家にいるからだろ」
「なんで遥ちゃんの家にいるのよー!?」
「宿題をやるよう、つきっきりになってたからだな」
「ラフィオー。モフモフさせて!」
「お前はちょっと静かにしてろ!」
面倒な酔っ払いとモフリストに同時に絡まれることになったラフィオはため息を漏らした。
悠馬の日頃の苦労が忍ばれる。
「わ、わたしは別に、悠馬と遥ちゃんが一緒にいることを問題にしてるわけじゃないの! ふたりになって、なんか、男女が一線超えちゃうのを心配してるの!」
「同じことだろ」
「今頃ふたりきりで、同じベッドにいるんじゃないかと思ったら……!」
「そんなことにはならないから。安心しろ」
「安心できない!」
「だったら酒で不安を紛らわせろ」
「確かに! 悠馬! お酒注いで!」
「お前正気か?」
悠馬がこの場にいないことを心配していた一瞬前の自分を忘れたらしい。
仕方ない。悠馬のふりして酌をして、酔い潰れさせるべきだろうか。
「こちょこちょー」
「あああああ!? おいこら! やめろ!」
「あははー」
不意打ちでつむぎに首筋をくすぐられて、ラフィオは妖精にされてしまった。これでは酒を注げない。
「悠馬ー! どこー!?」
「モフモフー!」
「あああああ!」
とにかく、どちらかを静かにさせないと。
「つむぎ! 今日は心霊番組とかないか!?」
「んー。なかった気がする……あ、このテレビをネットに繋げれば、モッフリックスとかのサブスクでホラー映画流せるんじゃないかな」
「できそうか!?」
「調べてみるねー」
ラフィオを放り出してテレビに向かっていったつむぎ。その間に、愛奈のコップにビールを注いでやる。酔えば酔うほどうるさくなる駄目社会人を、ホラー映画で恐れ慄かせて風呂とかに退避させないと。
「ラフィオー。テレビでモッフリックス見れるようにしたよ! 一緒に映画見よ!」
「あ、ああ! そうだな! なにか流してくれ!」
「うん!」
つむぎが愛奈のスマホを操作すると、映画の最初に出てくる制作会社を表す映像が流れる。海岸で、岩に荒波が押し寄せるやつだ。国内産の映画なのかな。次いで映画のタイトルが表示される。
『もふもふ侍』
「ホラー映画だって言っただろうがああああ!」
なんでここで趣味に走るんだというか何だよもふもふ侍って!
駄目だ。僕にはこの家族をまとめることはできない。悠馬早く帰ってきてくれ。
――――
そう連日殺人事件なんて起こるものではないけれど、日が暮れる前に帰ることにした。
愛奈もすでに帰宅しているらしく、ラフィオから助けを求める連絡が来た。だったら帰ってあげないとな。
家まではそう離れていないけど、仮に殺人鬼と遭遇したらと考えれば自然と早足になる。警察も見回りを強化してるらしいけど、この広い街すべてを見張るのは不可能だ。
帰宅途中らしいサラリーマンの姿なんかもあって、まだ吸血の殺人犯が出てくる雰囲気ではないけれど。道行く人も、どこか急ぎ気味に見えた。
たまにすれ違う、そういう人たちの中に。
「あ……」
知った顔が見えた。土居浩一。この住宅街になんの用事があるのかは知らないけれど、キョロキョロと周りを見回しながら歩いている。




