8-12.殺人事件
夏休み真っ最中の土曜日といっても、労働に勤しんでいる者はいる。むしろ、この時期に混み合うレジャー施設や駅近くの商業施設が使えるのも、そういう労働者がいるからだ。
そういう場所で働いていて、普段通りに仕事を終えて帰路についている若い女がいた。
駅前のデパートはエアコンが効いていて快適な職場だ。そこと家の行き来の間だけ、夏の蒸し暑さに襲われる。
日はすっかり暮れて日光は当たってないのにこの暑さ。エアコンが恋しくなった女は、いつもより足早に帰路を歩く。
いつも通っている道に、いつもとは違うものが落ちていることには気づかなかった。
背後から黒い影が迫る。女が異変に気づいた時には、もう遅かった。
影が女に覆いかぶさる。彼女は悲鳴をあげたが、それはくぐもって周囲にはほとんど聞こえなかった。
そして、影は女に……。
――――
「なんか騒がしいな」
翌日。朝から俺の家を訪問したつむぎがミラクルフォースとトンファー仮面をしっかり見て朝食を食べてから、俺たちは予定通りに河原に向かった。
朝から周子がストーカーしてる様子もなく、平和な朝に思えた。実際には違ったけど。
拠点の家から河原までのルート上のある一点に、人だかりができていた。
制服姿の警察が何人もいて、黄色い規制線が張られていて。その中になにがあるかは、野次馬たちのせいでよくわからない。マスコミ関係者の姿も見受けられた。
「事件かな」
「そうみたいだな。……交通事故かもしれないけど」
その割には、事故を起こした車は見当たらない。自転車と歩行者がぶつかったにしては物々しすぎる。
「後で樋口に聞いてみよう。警察案件なら、なにか情報を掴んでるだろうし」
「そうだね。ほら、行こう」
「あ。お兄さん! この前はありがとうございました!」
河原まで行くべく促したラフィオだけど、つむぎが人だかりの中にある人物を見つけてそっちに駆け寄ってしまった。
「? ああ。君か。今日も自由研究?」
「はい! できるだけたくさん、石を見たくて」
「いいな。サンプル数の確保は大事だ。頑張れよ。けど、子供だけで外に出ると危ないぞ」
「大丈夫です! 大人ではないけど、今日は高校生のお兄さんと一緒に行きます」
「そうか」
つむぎが話しかけた、大学生くらいの男はこちらを見た。俺は軽く会釈を返す。
茶髪の、少し軽そうな言動の男。けれど突然話しかけてきた小学生を邪険にするでもなく、ちゃんと相手している。
「一昨日、田沼周子に絡まれた僕たちを助けてくれた男だよ」
「そうか。あいつが」
そういえば、あんな風体の男がラフィオたちから離れていくのは見えたな。
「昨日の夜も事件が起こったらしいからな。気をつけろよ」
「何があったんですか?」
「人が殺されたらしい。ほら、あんまり見るな。子供が見ていいものじゃない」
人混みの向こうを覗き見ようとするつむぎを、男は阻止した。
つむぎも本来の用事を思い出したのか、ペコリと頭を下げて俺の方に戻ってきた。
「殺人事件だって!」
「らしいね。物騒だね」
なんでこう、立て続けに事件が起こるんだろう。
河原でラフィオが魔力の多い石を選別している間、俺は周囲を警戒しながらスマホを見る。殺人鬼がこの近所をうろついている可能性を考えると、さっさと家に戻るべきだよな。
幸いにして、休日の河原に人はあまりいない。ジョギング中のおじさんや、犬の散歩をしている婦人が通るくらい。
その数も、普段より少ない気がした。事件のせいで外出を控えてるのかな。涼を取るために河原に遊びに来る家族連れなんかは見当たらない。
ニュースサイトでは、さっそく事件が取り上げられていた。殺されたのは、この近所に住む若い女。犯人は不明。路上で殺害された時の目撃者はいないが、近くで逃走する犯人らしきものを見た人間がいたらしい。
その犯人像というのが。
「……なんだこれ?」
緑色の塊、らしい。テレビ局が目撃者にインタビューをした映像もあるけれど、彼自身自分が見たものを自分でも信じられていないらしい。
曰く、人間サイズの巨大な緑色の塊が、ガサガサと音を立てながら走っていったそうだ。
日はすっかり沈んでいて、緑色というのも街灯の明かりでしかわからない情報。詳しくその姿を見れたわけでもない。
けど、あえてその犯人の姿を何かに例えるなら、巨大な。
「藻?」
水中に生えている植物の一種。地域によっては、丸められた毬藻が観光資源だったりする。
もちろん、藻は人を殺さない。殺した後に逃げたりはしない。だけどネットでは、さっそくその情報が出回り、みんな口々に勝手なことを言っていた。
突然変異した新種の藻だとか。研究施設から逃げ出した実験生物が人間への復讐を始めたとか。どこまで本気で言ってるんだろうな、これ。
模布市で起こった事件だから、魔法少女と絡めた意見もあった。藻の怪物と魔法少女が戦う展開になるのでは、とか。新しい魔法少女が藻なのではとか。
ありえないからな。市街の人間の書き込みなんだろう。好き勝手なこと言いやがって。




