8-4.心霊写真
いつ見ても、なんの変哲もない家だ。一家心中の舞台だったと聞いているけど、普段はそんなこと意識しない。心中事件がどんなものかも、あまり興味はなかった。
リビングのテーブルに数学ノートと問題集を広げた遥を見る。俺はとっくに終わらせた箇所をしばらく睨みつけていた。そして難しい顔をして。
「悠馬」
「なんだ?」
「わからない。なにがわからないのかも、わからない」
「そうか」
「頭撫でて?」
「中身のある質問じゃないから駄目だ」
ラフィオとつむぎがバケツを持って出ていくのを見送りながら、遥のお願いを却下する。
なにがわからないかわからない、か。
「公式に当てはめて、スパーンッ! って解くのはわかるんだけど、どの公式を使えばいいのかわからない」
「わかるように問題文を整理するんだ」
「整理?」
「複雑なこと書いてるように見えるだろ? それを切り分けて、公式が使えそうな形に持っていくんだ」
「なるほど。この問題だと?」
「見せてみろ」
「あ。悠馬わたしの隣に来て。好きな男の子が近くにいてドキドキするっていうの、やってみたい」
俺は意見を一切聞かず、遥の正面から問題集を覗き込む。そんなに難しい問題ではないんだけどな。
「なんで隣に来てくれないのー? というか悠馬今、わたしのこと馬鹿だった思ったでしょ!」
「別に馬鹿になんかしてない。これくらい簡単だろって思っただけ」
「ほらー! やっぱり馬鹿にしてるー!」
してないってば。
「よし悠馬! 心霊写真撮ろう!」
「やるのかそれ。本当に」
「うん! やります! とりあえず魔法陣を背景に撮ろっか! そこに立って」
「まったく……」
スマホを取り出して準備完了みたいな顔をしている遥に、今は乗ってやろう。後でしっかり宿題はやらせるけどな。
魔力の流れがある魔法陣なら、なんとなく心霊写真も撮れそうとか、そんな発想だろう。流れが止まってるから、ラフィオたちが石の交換に行ってるわけで。今は石自体置かれてないから流れなどないのだけど。
片足の遥は椅子に座ったまま。俺が撮影位置まで移動した上で、遥の方に向かなきゃいけない。
「笑ってー。ポーズ決めてー」
「さっさと撮れ」
「1+1はー?」
答えて満面の笑顔になる気はなかった。映えるポーズを決める気もなかった。
写真に撮られる奴ってどんなテンションで臨んでるんだろうな。特に、加工に加工を重ねてSNSに上げる写真を撮る奴らは。
「んー。それっぽいもの映らないなー。事故物件って言っても、大したことないよねー。じゃあ次は、庭を背景に撮ろっか」
「まだやるのか」
「うん! 心霊写真撮れるまでやります! 窓際に立ってカーテン開けて。ギャルピースして!」
「それがなんなのか、俺は知らない」
「困ってる悠馬も映える!」
遥はひとりで勝手にテンション上げて、また一枚撮る。そして成果物を確認して。
「え……?」
固まってしまった。
「ゆ、悠馬! これ! これ見て!」
遥は慌てた様子で、俺の方に行くべく松葉杖を手に取ろうとして、掴みそこねた杖が床に倒れた。
「落ち着け。どうした」
「心霊写真!」
スマホの画面に表示された、俺の写真。背景は庭やそれを囲む塀が、窓越しに映されていた。
その一部。塀の上に何かが写り込んでいた。上半分だけしか見えてないけど、人間の顔に見えた。
詳しい顔つきはよく見えない。ブレているから性別すら判断できなかった。俺はしっかり映っているから、カメラの手ブレではない。
燦々と降り注ぐ夏の日差しの下でも、異様に青白い顔だった。
「ど、どどどどうしよう悠馬!? これ間違いなく心霊写真だよね!? この家やっぱり憑いてるんだ。呪われたりしないかな!?」
「落ち着け。これは心霊写真じゃない。塀の向こうでこっちを覗き込んでた人がいるだけだ」
「でも! こんなに風にぼやけてるし! なんかめっちゃ顔色悪いし!」
「ぼやけてるのじゃなくて、ブレてるんだ。向こうがカメラに気づいて慌てて隠れたから、写真がブレたんだ。青白い顔は元からだろう」
「なるほど……いやいや! それはそれで怖いんですけど! わざわざ人の家覗き込む人がいるってことだよね!?」
「それは確かに」
幽霊より怖い。
別に見られて困ることをしてるわけではないが、ここは普通の家庭とも違う。魔法少女のことが部外者に漏れるのはまずいから、変な家があると思われるのも可能なら避けたい。
そうじゃなくても、ストーカーがいて覗きをしているって時点で問題だよな。
「遥はここにいてくれ。カーテンは閉めて」
「え、待って。悠馬は」
「外を見てくる」
「いやいや! 危ないから!」
普通のストーカーなら、俺の相手ではない。けど、一応は車椅子に隠したナイフを取り外してポケットに入れて、外に出る。
エアコンの効いた屋内から蒸し暑い外に。敷地外へ出て、さっきの顔があった位置を覗いてみるけど、無人だった。
塀は、ブロックを積み上げたもの。高さはそれほどではなく、背伸びをすれば大抵の人は覗き込めるもの。
試しにやってみた。手を伸ばして塀のてっぺんを掴んで体を引き上げつつ、つま先立ちになる。カーテンで覆われたリビングの窓が見えた。遥はちゃんと指示を守ったらしい。




