8-2.愛奈は幽霊が苦手
酔っ払ってるのはいつものことだけど、かなりテンションが低い。原因はもちろんテレビにある。
「姉ちゃん。テレビが怖いなら部屋にいればいいのに」
「い、嫌! 部屋に入ったらひとりきりになるじゃない!」
「姉ちゃんが他人を部屋に入れたがらないからな」
散らかってるのが恥しいとかで。俺が入るのはいいらしいから、毎朝フライパンで起こしているのだけど、散らかってる様子を人に見られたくないらしい。
だったら片付ければいいのに。少し前の俺が言えたことじゃないけど。
「だ、誰かに一緒にいてほしいから! ひとりで寂しく過ごすのは怖いの!」
テレビから聞こえてくる音声だけで怖がり、番組の間部屋にこもるとか風呂に入るとかの手段も、怖い考えが頭にこびりついた時点でひとりで過ごすと恐怖を感じてしまう。
だから愛奈は対抗手段として、ひたすら酒を飲むことですべてを忘れることにした。夜中、部屋の中に幽霊が入り込む可能性も、怖い話を聞いた記憶も。
前後不覚になるまで酔えば、テレビの音も聞こえないし万が一幽霊を見ても認識できないから安心という理屈らしい。
さすがに無理がある。
これだけ飲んでも、まだテレビには怯えてるし。
VTR内で、心霊スポットでなにか不可解な現象が起こったらしく、スタジオから悲鳴混じりのどよめきがあがった。
「ひいぃっ!?」
そのどよめきに釣られて、愛奈も悲鳴を上げた。
「なになに!? なにが起こったのよ!?」
「気になるなら画面見ろよ」
「嫌よ怖いじゃない! 悠馬! ビールもっと持ってきて!」
「飲みすぎだ。今日はもう飲むな!」
「やだー! 何もかも忘れるまで飲むのー!」
「お姉さん、幽霊とか本当に苦手なんですね」
愛奈の醜態に興醒めして、俺とくっつくのを諦めた遥が呆れ気味に声をかけた。ロマンチックな雰囲気は作れなさそうだからな。
「というか、信じてるんですか? 幽霊」
「信じるはずないわよ! わたし理系よ? 幽霊なんて非科学的なものなんか信じません! きっと心霊写真だって、なにかの合成――」
言いながら、テレビの方を振り返った。さっきとは別の心霊写真が映し出されていた。ショートカットの女が映っている。その首元をアップにすると、まるで首を締めるかのように半透明の指があって。
「あびゃああああぁぁぁぁ!」
変な悲鳴を上げてから慌てて前を向きながら酒に逃げようとする。コップが空でできなかった。
怖いくせになんで見るんだよ。
「ねえ悠馬。愛奈さんって本当にこういうの苦手なんだね」
「昔からだな。ホラーな雰囲気が苦手なんだよ」
「学校の七不思議は平気そうだった……ううん。結構怖がってたよね」
あの、ギャグにしか思えない怪奇現象でも、愛奈にとっては恐怖だった。
「そういえばさ、わたしたちが使ってるあの家って事故物件なんだよね?」
「あー。そうだったな。一家心中だっけ」
リビングをラフィオの魔法陣が専有しているあの家は、買い手がつかなくて安く売られていたと樋口が言っていた。だから、国の予算で急遽用意することができた。
しばらく使っていて、特に何か起こったわけでもない。幽霊は出ないし死者の無念が祟りに来ることもない。
あの家で写真を撮ったことはないけどな。
その話題が出た途端、愛奈はピクリと体を震わせた。背後から流れているテレビの音声に意識を向けないようにしているのに、横から俺たちが話している内容にも耳を傾けられない。
黙って天井を見上げ始めた。
あの家が急に怖くなったのかな。
そんな愛奈を見て、遥がニヤリと笑った。
「撮ってみよっかー。あそこで写真撮影したら、心霊写真ができるかもしれないしねー」
「そんな気軽に撮れるものじゃないだろ」
「わかんないよー。ねえお姉さん。今度の土曜日、やってみませんか? 別に心霊写真が撮れなくてもいいんです。なんか夏の思い出みたいなの、残したいなーって」
「嫌よ! 嫌です! 思い出なら別に写真に撮らなくてもいいじゃない! 心の中に残ればいいのよ! というか写真なんて危ないでしょ! 撮られたら魂がスマホの中に取り込まれてしまうのよ! お姉ちゃんはそういうの反対です!」
いつの時代の認識だよ。
「思ったより必死だった。というか、お姉さんなこと否定してないし」
そっちかよ。
「お姉さん、幽霊とか信じないのに怖いんですね」
「だってー」
「遥。それくらいにしておけ。ほら、もう帰れ。送ってやるから」
愛奈が些細なことで怯えているのは馬鹿馬鹿しいとは思うけど、かと言って怯えさせることが正しいとも思わない。
遥に肩を貸してやって玄関まで運び、車椅子に乗せる。そして家まで押してやる。
「ねえ悠馬。明日、あの家に行かない?」
「それはいいけど。なんでだ?」
「心霊写真撮れたら愛奈さんに見せてあげるの!」
「撮れたらな」
たぶん、そう都合よく撮れるものではない。遥だってそんなことはわかってるだろう。
ただ、みんなで会いたいだけだ。
「遥。宿題の進みは順調か? 明日あそこに行くのはいいけど、ちゃんと宿題も持ってこいよ。わからない所があったら教えるから」
「ほあっ!? わ、わかんない所なんてないよ? わたし天才だから!」
「そうか。じゃあ、俺の前で宿題するのも別に苦じゃないよな?」
「あ、あははー」
笑ってごまかそうとするな。




