8-1.夏の心霊番組
『静かな湖畔に面したキャンプ場にきた一家。幸せな時間を切り取った写真が、こちらだ……おわかりいただけただろうか』
「え。どこどこ? ラフィオわかる?」
「川の方じゃないか? 水面になにかいるとか」
「あー。そうかも。昔溺れ死んだ人がいるとか」
ソファに並んで座った少年姿のラフィオとつむぎが、テレビを見ながら物騒な会話をしている。
テレビ画面には、ナレーションの通りキャンプ場での家族写真が映し出されていた。画面の隅には、おどろおどろしい書体のテロップ。あとワイプで、俺の知らない芸能人が怯えた顔を見せている。
若い女だ。俳優かモデルとかかな。怖いものを見てリアクションをするのが演出上の仕事だ。
画面では、写真のある一角をズームしていた。残念ながら川の水面ではなく、その反対側にある茂み。
暗がりに、ぼんやりと人の顔が浮かび上がっていた。
直後、悲鳴の声のSEが鳴る。若い女が口を手で押さえながら恐怖を感じてますって表情を見せて、お笑い芸人の男がやめてくれと大げさに声をあげる。
「ラフィオ! これすごい! 本物のお化けだよ!」
「そうだね。本物かもしれない」
「わたしたちも、これ見たら呪われたりしないかな!?」
「どうかな。するかもね」
「きゃー! ラフィオ助けてー」
つむぎは全く怖くなさそうな様子で恐怖を口にして、ラフィオに抱きついた。
ラフィオの方も、別に嫌な顔はしてないのだろうな。テレビに目は向けつつ、つむぎの頭を撫でている。
夏真っ盛りの八月の上旬。蒸し暑い日が幾日も続き、家ではエアコンという文明の利器に助けられて快適に過ごすことができているが、テレビでは昔ながらの納涼方法も風物詩として放送していた。
この時期にありがちな心霊番組だ。
この番組のテーマは心霊写真。視聴者から送られてきたという心霊写真を紹介して、場合によってはタレントがロケに行って現場の不気味さをリポートしつつ、心霊現象をカメラに収められないか試みる。
スタジオにいる女とかお笑い芸人の仕事だ。写真でこんなにビビってるのに、心霊スポットに行く仕事を選ぶのだから勇敢だ。あるいは本当は幽霊なんて信じてないとか。
視聴者の大半も、それっぽい雰囲気を楽しんでいるだけで、霊なんてものは信じてないのだろうな。今のラフィオとつむぎみたいに。
「あのふたり、仲いいよねー。妬けちゃうなー」
椅子に座っている遥が、テーブルの上のクッキーを摘みながら微笑ましげに言う。遥もテレビの方ではなく、ソファの上のちびっ子たちに視線を向けていた。
ある日から、ふたりの様子が変わったのはわかった。お互いの接し方が明らかに違ったから。
つむぎはラフィオを強引にモフモフする頻度が減った。無くなったとは言わないし、不意打ちでモフることは相変わらずよくある。
けど、触り方が優しくなってる気がした。
ラフィオの方も、それに嫌な顔はあまりしなくなった。普段の口調も、少し丁寧になってる気がする。
俺だけではなく遥もそれに気づいているし、むしろ彼女は俺の洞察力に驚いてすらいた。悠馬が人間を観察できてると大げさに声を上げて見せた。なんだよ失礼な。
とにかく、ふたりが付き合ってるのは間違いなかったけど、一応確認しておいた。つむぎは少し顔を赤くして、はにかみながら肯定した。ラフィオも平然と頷いた。
まあ、構うことではない。小学生であっても恋愛は自由にすべきだ。お互いが好きなら、なおさら。
つむぎは夏休みの宿題を早めに終わらせて、自主的に勉強をしていた。ラフィオは家事を疎かにする様子はない。
普段のやるべきことをきちんと出来てるなら、止めることはない。
あとは幼さ故に暴走してしまうとか、仲良くしすぎて一線を越えてしまうことがないよう、年長者として見守ればいい。
ちなみにつむぎは、今も俺の家に住んでいる。元はエリーにラフィオを取られないための対抗意識からだったけど、今はラフィオと離れたくないがために、俺の家から出ない。
ちゃんと寝室は別にしてるから大丈夫だと思う。
俺の家で寝泊まりすること自体はご両親も了承していること。ただし、付き合ってる同い年の男の子がいることは両親も知らない。
言ったらどうなるんだろうな。
とにかく、俺はふたりが健全な付き合いを続けられるよう、ちゃんと監視するだけだ。もちろん、愛奈や遥の協力も必要だ。
なのに。
「あー。妬けるなー。妬けちゃうなー」
遥はさっきから同じ独り言を繰り返しながら、俺の方に目を向けている。
明らかに俺の反応待ちだ。
その手には乗らないからな。
「羨ましいなー。あんな風に、人前で仲良くするの、憧れるなー」
「……」
俺は遥の視線に気づかないふりをしつつ、テレビに目を向ける。
お笑い芸人が夜のキャンプ場に来ていて、かなりビビった表情をしている。怖がってるならなんで行くんだ。せめて昼間行けばいいだろ。そういう演出なんだろうけど。
「ラフィオ。幽霊っているのかな?」
「魔法があるなら、幽霊もいるかもね。僕には見えないけど」
「そ、そっかー。こ、こわくないよー」
怖いとは本気で思ってなさそうなつむぎは、怖がりながらラフィオの手を握っている。
「わたしも彼氏の手、握りたいなー。悠馬と仲良くしたいなー」
欲望を隠そうともせず迫ってくる遥から、俺は椅子から立ち上がって離れた。
つむぎたちに先を越されたと思ったのか、あるいは仲の良さに感化されたのか。遥も俺に迫ってくることが多くなった。
しっかりしてくれ。年上として、ちびっ子たちの模範にならなきゃいけないんだから。
そして、遥がこんなことをすると、普段は止めにかかってくる愛奈はといえば。
「ありえないわよ。幽霊なんて。非科学的なのよ。そんなのいるはずがないわ……」
テレビから背を向けて、積み上げられた空のビール缶に話しかけていた。




