7-59.僕は君が
「死刑にはならないでしょうね。人をひとり殺したくらいでは、この国では極刑は無理」
「まあ、それが法律ってやつだもんな」
「ええ」
子供たちには聞こえないように、こっそり話しをする。
奴らへの恨みは消えない。それはそうとして、殺したから恨みが晴れるわけでもない。エリーが帰ってくるわけでもない。
「この男たちの人生が上向くことは、今後ないわ。刑務所の中でも肩身の狭い思いをするでしょうね。小さな女の子を連れ去って殺したなんて罪、刑務所内でも苛めの対象よ」
収監された犯罪者にも序列があるんだったか。
「さ、あなたも帰りなさい。規制線が張られたのを見て、すぐ人が集まってくるから。ここはわたしに任せて」
「わかった。だれか背負ってくれ」
「麻美ー。帰りは走りたくないから、車乗せてー」
「いいですよ先輩。悠馬くんも乗る?」
「いや。いい。ライナー運んでくれ」
「いいよー。でも、車じゃなくていいの?」
「いいんだ」
麻美が運転して愛奈が助手席。後部座席に俺がいるとして、隣には剛もいるはず。
車内で魔法少女から、ちよっと中性的な服装の男子高校生に着替えるのだろう。人に見られながらとか、隣に誰かいたらやりにくいだろうから。
ライナーに背負われて、俺は家へと戻った。
「ねえ悠馬」
「なんだ?」
「少なくとも、わたしたちと過ごしていた間のエリーちゃんは、幸せだったんだよね?」
「ああ。間違いなく」
「エリーちゃんはきっと、その幸せがちゃんと続くために、怖い大人に立ち向かおうとしたんだと思う」
「きっと、そうなんだろうな」
立派な子だよ。
二日後、エリーの葬式はしめやかに行われた。生前の知り合いなんてこの国には少ししかいない。近親者のみの小さなお葬式。
外国人だけど、仏式の葬儀だ。日本に馴染もうとしていた彼女なら、問題ないだろう。
死者を見送るつつがなく終わって、彼女の小さな体は火葬され、骨壷に収まる大きさになった。
遺骨は今、俺の家の仏壇に置かれている。両親や兄貴と同じ場所。彼女は俺の家族だから。
「京介は、自分は誘拐しただけで殺してなんかいないし、殺すつもりもなかったと言い張ってるわ。トライデン社の男、デーモンも殺意は否定している」
家を訪問した樋口が、奴らの取り調べの様子を教えてくれた。
デーモンか。おっかない名前だ。逮捕されれば、ただのおっさんだけどな。
「そんな否認をしたところで、罪が軽くなることはないわ。殺人と殺人幇助。あと誘拐で、しっかり罪は償ってもらう。京介の会社は解散する見込みよ。経営陣が軒並み逮捕されて、工場の設備自体も結構な被害を受けた。存続は無理よ」
後半の理由はフィアイーターと俺たちのせいだけど、気にすることじゃないよな。
「トライデン社はデーモンを即座に解雇したらしいわ。そして、今回の事件はデーモンが独自にやったことで会社の意志とは無関係と言っている」
「トカゲの尻尾切りだろ? 会社の命令がないとは思えない」
「でしょうね。それから、会社としてはもう模布市に関わることは無いと声明を出したわ。それは信頼していいはず。これ以上悪さをすれば、日米間の国際問題になりかねないし」
トライデン社が日本の政治家を抱き込んでるわけだし、政治家連中はそのばつの悪さから、トライデン社をことさら非難するかも。
アメリカ政府は、そんな会社を良くは思わないだろう。兵器製造企業でアメリカ政府も顧客の会社だから、政府に目をつけられるのは避けたいはず。
なるほど。信頼していいな。金が絡む問題ならわかりやすい。
「そのおかげで、レールガンは完全にこっちの物になったわ。トライデンも奪取にこれ以上のコストをかける前に、損切りしたんでしょう」
こうして、あの最新兵器は晴れて魔法少女の装備となったわけか。
あんなものをぶっ放す機会がそう何度もあっても困るのだけど、たぶんあるのだろうな。
「それからデーモンたちは、罪を軽くするためにこんなことを言ってたわ。エリーがこちらを口汚く罵ったから、カッとなって手を出したと」
「ありえないだろ」
「……ええ。そうね」
「あんなに礼儀正しくて、優しい子なんだから」
「そうよ。活発で、物怖じしない子ではあるけどね」
「だとしても、人に無礼なことを言う子じゃない」
樋口は、微笑みを見せて頷いた。
エリーはそういう子なんだ。
――――
悲しい出来事はあっても、日常は続く。乗り越えて、なんとか過ごしていかないと。
ラフィオにとっての日常は、つむぎと一緒に魔法陣の石を河原まで交換に行くこと。
エリーが使う予定だった石を完成させるためだ。
この石の使い手が誰になるかは、まだわからない。
石の入ったバケツを一緒に持って、河原へ向かう。
「エリーちゃんとは、ここで出会ったんだよね」
「ああ。そうだったね。ここで倒れていた」
「わたしたちと出会えたことエリーちゃんは幸せだったんだよね?」
「うん。もちろんだよ」
ふたりで河原に並んで座って、川の流れを見つめた。
「エリーちゃんには、もっと幸せになってほしかったな。死ぬなんて、つらすぎるよ……」
言いながら、つむぎはラフィオに身を寄せて体重を預けた。
死の間際にエリーは言っていた。ラフィオが本当に好きになるべきなのは。
つむぎの肩に手を回して、抱き寄せた。
「ねえ、つむぎ。ひとつ聞いていいかい?」
「なに?」
「つむぎは、僕のことが好き?」
「うん。大好き」
「それは、僕が妖精でモフモフだから? それとも、今みたいに人間の姿でも好き?」
「どっちも。最初にラフィオのことが気になったのは、モフモフだから。けど……男の子のラフィオも好きだよ。すごく好き」
つむぎもまた、ラフィオに引き寄せられるように距離を縮める。肩に回っていない方の手を取り、ぎゅっと握った。
「エリーちゃんがラフィオのこと好きなの、よくわかってた。ラフィオもエリーちゃんが気になってたことも。ラフィオのことが好きだから、ラフィオが幸せになれるなら、そういうのもいいかなって思ったこともあったよ。けど、わたしやっぱりラフィオが好きだから」
「つむぎ」
「うん」
「僕も、つむぎのことが好きだ」
ああ。胸を張って言い切れる。
こんなことを言ってくれる子を、好きにならないはずがない。
「うん……うん! ラフィオ大好き!」
「わっ!」
顔を真っ赤にしたつむぎが勢いよく体重をかけてきて、河原にラフィオを押し倒す形になった。
「わたしも、ラフィオのこと好きだよ。恋愛ってどんなことするのか、わたしもよくわかってないけど」
「実は僕も、ドラマとか映画でしか知らない」
「そっか。えへへ。キスとか、まだ小学生には早いかな?」
「どうだろう。確かに早い、かも?」
「えいっ」
だけどつむぎは笑顔で顔を近づけた。顔を真っ赤にした彼女を、ラフィオは愛おしく思えた。
たぶん自分も顔を赤くしているだろうな。
ふたりはそれぞれ、目を閉じてそっと唇を重ね合わせた。




