7-53.そういう子
武器を失った男は恐怖した様子で、ラフィオに背を向けて一目散に逃げ出した。どこに向かったのかな。拠点にしている工場がすぐ近くにあるのか。奴が、建物のひとつに入っていったのが見えた。
追いかけてる暇はない。
「ら、ラフィオ……さ、ま……」
「エリー!」
熱いアスファルトの上に身を横たえたエリーに駆け寄る。
目から光が失われつつあるのがわかる。片腕が完全に折れていて、額と口から血が流れている。かなりの出血があるのか、青白い血の気の失せた顔色をしていて。
「最後に、ラフィオ様に救っていただき、幸せ、です……」
「喋るな。すぐに病院に連れて行って」
「いいえ。助からないこと、自分でも、わかり、ます、から」
「助ける! 絶対に、何があっても」
喋るのも辛そうなエリーをなんとか励まそうとするけど、彼女の方が自分のことをよくわかっていて。
「ラフィオ、さま。人の姿に……」
「……うん」
言うとおりに、少年の姿に。
「ラフィオ様。好きです。お慕い申し上げています」
「うん。僕も」
「い、いいえ。わ、たしが、ラフィオ様を好きなのは、前に好き、だ、だった、男の、子に、面影をみい、だしたから、です」
苦しそうに話すエリーを、ラフィオは止められなかった。悲しい話なのに、聞くしかなくて。
「結局、わた、しは、ら、ラフィオさ、ま、ではなく、彼にしか、目が、行っていなかった。そんな、わ、たしに、ラフィオさまからの好意を受け取る、し、資格は、あ、あ……ありま、せん」
「そんなこと言わないでくれ。資格がないなんて」
「ラフィオ、様。わたしが死ねば、得をする女の子がいます。けど、彼女は、わたしの死を喜びはしません。悲しみ、怒り、悪への制裁を誓うでしょう。わかり、ます、よね?」
「ああ。わかる。あいつは、そういう子だ」
「ラフィオ様が愛するべきは、そういう精神の女の子です。どうか、ご自身に向けられる好意を、見誤らない、で」
そしてエリーは、にこりと微笑んだ。
「ああ。あなたに看取られて、死ねるのなら、よか……」
「エリー?」
人のぬくもりが失われていき、確かに微笑んでいた顔も表情を失い、手足は力なくだらりと投げ出されていて。
「エリー。そんな。嘘だ……嫌だ。エリー、お願いだ。返事をして」
「ラフィオ!」
青い魔法少女が、ラフィオの前に降り立った。
ハンターはひとりで行動しているようだった。エリーと、ラフィオを探して街を走り回り、ようやく見つけたらしい。
「エリーちゃんは!?」
「……」
「そんな! エリーちゃん! 駄目だよ。死んじゃやだ。だって。この国で幸せに過ごすんだもん。一緒に魔法少女になって、ラフィオのために戦って。秋からは一緒に学校に行って。それで、それで」
エリーの言っていた少女は、言っていたとおりに悲しんだ。そして。
「許さない……。ラフィオ。誰がこんなひどいことを」
怒った。
「外国人の男だ。あの建物まで逃げていった」
「そっか。ペンダントは?」
「壊れた」
アスファルトの上には、砕けて中の素子が剥き出しになっているペンダントが転がっていた。
「それでいいと思う。悪い人の手に渡るくらいなら、ね。その人たちは、これから逃げようとするかな」
「そうだろうね。けど、させない」
エリーの仇だけではない。こんなことをした悪人は、ちゃんと捕まって裁きを受けなければいけないから。
開いたままだったエリーの目を閉じてあげて。
「エリー、すぐに戻るから」
返事をするはずのない相手にしっかり声をかけてから、ふたり並んで工場へと向かっていった。
――――
デーモンがあんな凶行に及ぶなど、京介は想像もしていなかった。あれがトライデン社のやり方か。
けどそれでうまくいけば自分も、トライデンに雇ってもらえる。あの行為をする側に回れる。
この工場で銃を作るんだ。レールガンもドローンも。いける。俺なら出来る。
京介は、幼い少女の身を案じたりはしなかった。ただ、自分の栄光しか見ていない。馬鹿な真似をした社長たちを見下すことしか。
「はあ……はあ……」
そこに、息を切らしたデーモンが飛び込んできた。
「データは手に入れたか!? おい、何から作ればいい!? ここでは何でも作れるぞ!」
「どけ!」
駆け寄った京介を、デーモンは乱暴に突き放した。そして事務所の方へ行き、自分の荷物を手に取ると出入り口に戻ろうとした。
まるで、ここから逃げるみたいだ。
「待てよ! どこにいくんだ!?」
「帰るんだよ! 祖国にな! ここにはいられない」
「おい! 俺はどうなる!? 俺も連れて行け!」
「連れて行けるわけないだろ! お前みたいな奴を!」
「約束しただろうがよおい!」
こっちは既に警察に目をつけられている。この国ではやっていけない。だからアメリカに行かないといけないのに。
デーモンは無理だと繰り返すだけ。外でなにがあったんだ。
出ていくいかないで互いに譲らず押し問答が続いていたが、工場内に人が入ってきたから中断となった。
魔法少女と、男の子だった。
まさか、エリーを探してここまで? あのガキは本当に魔法少女と関わりがあったのか?
青い魔法少女の姿を見て、デーモンは呆気にとられた表情を見せた。京介を引き離そうと掴んでいる手が緩んだ。




