7-49.エリーの本性
だから母は娘を切り捨てることにした。そのためのストーリーを既に頭の中で展開していた。こういう時だけ、計算高い人間だから。
とりあえず今日はここまでで。困った教師が解散を宣言して問題解決を先送りにして、それぞれ家で話し合ってくださいと親に対応を丸投げしたその夜には、母は家を出ていった。
どこに行ったのかは知らない。完全リモート仕事だから、どこででも仕事はできるだろう。
母のSNSのアカウントを見た。仕事の都合で少し前に引っ越したけど、娘が元の家を離れたくないとわがままを言ったから、離婚した夫が引き取ることにした。これも娘のため。男親になったことで乱暴な子になっちゃうかもしれないけど、きっとうまく行くと信じている。少し前のことです。報告が遅れてごめんなさい。
そう書かれていた。
つまり、今からエリーに関する醜聞がネットに上がっても、それは父と本人のせいになる。少なくとも母はそう考えていた。
それどころではなくなったために、暴行事件は有耶無耶になり、母の居場所が特定できなかったことからエリーは施設に引き取られた。
警察が本気を出せば居場所もわかることだろう。けど、そこまでしてくれなかった。
ライノとはそれきり。だからエリーの初恋もこれで終わり。何か奇跡が起こって再会して仲直りできるなんて、都合のいいお話なんかない。彼は今もエリーを憎んでいることだろう。音声をネットに上げた形跡はないから、それだけは温情だったのかも。
少し後、彼女はクローヴスに引き取られた。なんの因果か、ライノが好きだった日本に行くことになった。
そこには、ライノみたいな男の子はいるだろうか。日本にはいないだろうな。けど誰が相手かはわからないけど、今度こそ恋を成功させたい。
日本では、自分の容姿は人目を惹くだろうから。きっとうまくいくと思う。
あとは性格だ。独りよがりで生意気。あの母の血を引いているのだもの。自分にもそんな一面があるのは自覚していた。
ライノに見せたあの性格は封印しよう。
日本語は難解だけど、美しい言語だ。敬語という概念もある。これを話せば、とりあえず相手を立てることができる。丁寧で慎ましい人間を演じられる。
そうやって、わたしは準備をした。そして恋をするために日本に来た。
前の恋は失敗だった。けど今度はいける。素敵な人と出会える。
父の事業の失敗というトラブルがあったけど、それで諦めたくはなかった。ホテルから逃げ出したエリーは。
ラフィオと出会った。
ライノとラフィオは、少し似ていた。それにライノよりも力強い。好意を寄せるのは当然だと、エリーは自分でもよくわかった。
けど、ラフィオには、既に。
――――
「起きろ」
ぶっきらぼうな声に、エリーは目を覚ました。
冷たい床。周りには、何をするためのものかは知らないけど大きな機械が並んでいる。
つまり工場だと思う。あの京介とかいう男の職場だ。
男がふたり、こちらを見下ろしていた。日本人とアメリカ人。京介と、トライデンから来た社員だ。
エリーはゆっくりと起き上がった。体を縛られたりはしていない。小さな子供だから、逃げられないと見下しているのだろう。
「エリザベートだな?」
京介の方が尋ねてきた。
「あなたが攫ったのに、わざわざ確認するの? 違うかもしれない子供を誘拐するなんて、馬鹿な大人」
「なんだと?」
質問に答えず、あからさまに舐めた口調で返してきたエリーに、京介は苛立ちを見せた。
「クソガキが。大人を舐めるな」
「落ち着け。相手は子供だぞ」
「だがなデーモン」
「目的を忘れるな」
この男は英語を話せないのか。アメリカ人、デーモンが流暢な日本語で窘めた。
彼はこちらに向き直り。
「初めまして。トライデン社のデーモンと申します。エリザベート、あなたはお父上から、何か預かっていませんか?」
丁寧な口調で語りかけてきた。少なくとも本性を隠せるだけの冷静さは、こっちにはあるらしい。
「ええ。大事なものって聞いているわ。わたしには、そんなに大騒ぎするほどの物ではないと思うけど」
「トライデン社にとっては大事なデータなのです。この街のミトモという夫婦が作り上げた、ドローン制御に必要なもの。あれがあれば、ここでお父様が売り込もうとしていたシステムを、また作れる」
ミトモ。御共か。
つむぎの両親がシステム開発に関わっていたのは知っていたけど、あれだったんだ。
なおさら、悪人の手に渡すわけにはいかない。
「作れる? こんな小さな工場で?」
「俺の工場だ! 俺の物だ。なんだって作って見せるさ」
「お断り!」
強い自信を口にした京介に、エリーはばっさりと言い切った。
「お断りするわ! あなたには渡さない! ドローンだけじゃなくて、武器もこの国で作るつもりでしょ!? そんなことはさせない!」
「エリザベート。わがままを言ってはいけません」
「わがまま言ってるのはあなたの方。トライデンは今すぐ、この国から出なさい。魔法少女たちに迷惑をかけないで」
「魔法少女は関係ないですよ、エリザベート。技術をトライデン本社に持ち帰るだけなので」
「この街で武器を作ってから、でしょう? それが悪用されたら、魔法少女たちの評判が悪くなる。もし怪物に作り変えられたら、大きな被害が出る。大人なのにそんなこともわからないの?」
「お前は……」
「あんたたちは、この街から出ていって! 二度と魔法少女に関わらないで! 父がくれたペンダントは、今は魔法少女たちが持っているわ。だから、あなたたちの手には渡らない。絶対に」
瞬間。デーモンの手がエリーに伸びた。




