7-46.エリーの策略
京介はこれを使って、朝から晩まで安い給料で働かされていた。仕事に遅れが出ると、あのクソ社長は苛立ったように怒鳴りつけてくる。
だったら自分でやればいいのに、あの社長はお得意さんとの懇親会やらで会社にいない時の方が多い。こんな小さな町工場のくせに上昇志向に囚われていて、あちこち取引先を回っては仕事を取ってきた。
小さな町工場では到底回せないような量の仕事だ。だから社員をこき使い、なのに給料はろくに出さない。
京介の上司、製造部門長はそんな社長に媚びへつらうだけ。そんなブラックな現場だから辞める人間も多く、京介は比較的若いのにナンバー2なんて座に就かされた。
こういう会社だから、トライデン社の案件が来たら飛びつくのはわかりきっていた。そしてこのザマだ。クソ社長は逮捕されて、京介にはこれが残された。
あいつらを蹴落として、俺が成功者になる。
「ああ。その意気だ。まずはエリーを見つけて、プログラムを入手しよう。俺たちならできる。できるぞ」
京介の肩に手を置いたデーモンが、ニヤリと笑った。
――――
翌日。愛奈は珍しく朝早くに起きてきた。なぜかといえば。
「なんかねー。ここの布団、寝にくい。なんかぐっすり眠れなかったの。目覚めも悪いというか」
そんなことあるか?
「あるのよ。ねえ悠馬。エリーちゃん、今夜あたりにマンションまで車で行かせるのよね? 樋口さんが運転してくれるのかしら」
「ん? たぶんそうなると思う」
「そっかー。じゃあ、わたしは運転しなくていいのよねー」
双里家は車を持ってないからな。公安が車を手配してここまで持ってきてくれるなら、そのまま運転もお願いしていいはず。
「わたし、一足先に家まで戻ってるわねー。おっと」
「おい。しっかりしろ」
昨日の酒がまだ抜けておらず、愛奈の体がふらついたのを慌てて支えた。
「家のベッドで寝たい……」
「今夜には帰るんだから。我慢しろ」
「やだー。休日は昼過ぎまで寝るのー」
まったくこいつは。
「悠馬さん。愛奈さんのしたいようにさせてください」
「どうした急に」
既に起きているエリーが優しい声で思わぬことを口にした。
「愛奈さん、疲れてらっしゃるでしょうし。明日もお仕事なのですよね? 寝不足でお仕事に行かれるよりは、今日は好きなだけお休みさせた方がいいと思います」
「それは……そうかもしれないけど」
「探されているのは、わたしだけです。愛奈さんも他の皆さんも、奴らは顔も知らないはずです。わたしがここでじっとしていれば、他の方の出入りは自由のはずです」
それはそうなのだけど。エリーから目を離すのが心配なわけで。
けど愛奈はそんなこと気にしてなくて。
「ういー。エリーちゃんいいこと言うじゃん!」
「お前は黙ってろ……仕方ない」
俺が結局愛奈に甘いこと、エリーにはお見通しらしかった。
まだ足元のふらつく愛奈をひとりで帰らせるわけにはいかない。俺が一緒に行ってやるしかないか。
「ラフィオ、つむぎ。エリーが外に見つからないよう、ちゃんと見守るんだぞ?」
「ああ。わかってるとも」
「はい! 悠馬さん!」
年長者がいなくなる状態は避けたいけれど、ここもマンションからそう離れてはいない。家を開ける時間は一時間ほどだろう。子供たちだけで過ごすのも、そこまで危険はない。
俺は愛奈に寄り添うようにして体を支えながら、家を出た。
――――
「ラフィオ様。この魔法陣の石、交換しないといけないのですよね?」
悠馬が家を出てから少し後、エリーがラフィオにそう話しかけた。
ラフィオが魔法陣を見ると、前に置いた石の魔力は全て中心の石まで流れていた。
合宿でここに来られない日が続いたし、昨日も結局補充できなかったからな。
「ああ、やるとも。悠馬が帰ってきたら、つむぎと一緒に行く」
この家にエリーだけ残すわけにはいかないから。
ラフィオの答えはわかっていた。そんな様子でエリーは返した。
「大丈夫です。この家でじっとしていれば、誰にも見つかることはないので。ラフィオ様、つむぎさん。朝の涼しい時間の内に行ってきてください」
「で、でも……」
エリーはにっこり笑ってつむぎの方に寄り添うと、そっと耳打ちした。
ラフィオにも聞こえた。おふたりで過ごす時間も必要だと思います。そう言っていた。
「!! そっか! そうだよね! ラフィオ! 行こう! エリーちゃんを早く魔法少女にするためにも、ここは石を持ってこよう!」
「わっ! 待て! 引っ張るな。行くにしても、まず魔力が空になった石を返すところからだ! あとエリー! 絶対に外に出たり、外から見られるような場所に立つなよ。窓から離れるんだ」
カーテンは締め切ってるから、見られることはないと思う。出る時間も短時間だから、そこまで心配はないだろう。この短時間に、偶然敵がここを通りがかる可能性は低いし。
「はい! もちろんです! あ、お手伝いしますね」
魔法陣から石を拾ってバケツに入れる。ひとつひとつは小さくて軽い石だけど、繰り返すのはそれなりに重労働。
体力がないと嘆いていたエリーだけど、今は積極的にやっていて。
「どうぞ、ラフィオ様」
「うん……」
どこか違和感がしながらも、石で満杯なバケツを手渡されたラフィオはうなずいてしまった。
エリーは、バケツの取っ手を離さず、逆にラフィオに一歩近づいて。
「ラフィオ様、お慕いしています」
耳元でそっと囁いた。
トクンと胸が高鳴る。
僕は、この子を。
「さ、ラフィオ行こう」
「う、うん」
ラフィオの手の上から重ねるように、つむぎがバケツを受け取って、さらにラフィオに身を寄せた。
「つむぎさん」
「え?」
「あなたはきっと、ラフィオ様にとって必要な人。だから、ずっとそばにいてくださいね」
「うん!」
つむぎにとって、それは当然のことのようだった。
いつものように、ふたりで並んで河原に向かう。なんてことのない日常。石を戻して、また持ってきて。家に戻ればエリーが待っている。そういう日常がある。
はずだった。




