7-43.元気づけようとして
「樋口。早々に解決してくれ。こいつと、トライデンの新しい社員とやらを逮捕するとか」
「逮捕は無理だけどね。対策は急ぐわ。だからエリー、しばらくの間我慢してちょうだい」
「はい。樋口さん、お手数をおかけします」
こんな時でも気丈に、エリーは樋口にきれいな一礼をした。
「任せなさい。この男、二度と人前に出られないようにしてやるわ」
「いや、あまり手荒な真似は……」
「とりあえず、先手は打ってる。ここの周辺地域に不審者が出たって情報を流してるわ。注意喚起するサイトに出して、SNSなんかで拡散するように工作してる」
「それ、意味あるのか?」
京介や、その外国人の外見情報を記載しているのはわかる。実際に、意味なく歩き回っているのだから不審者なのも間違いではないのだろうけど。
「あるでしょ。ネット上の人間が面白おかしく騒ぎ立てれば、京介たちも警戒するし、またエリーを探そうとしても周りの目は厳しくなる。警察が話しかける根拠にもなる」
なるほど。それはたしかに意味はありそうだ。奴らもやりにくくなるだろう。
繰り返して、そしてエリーも見つからないとなれば、いずれ諦めるかな。彼らは社会人で生活もある。無意味な行為に時間を浪費し続けることもできない。
「それにしても、エリーちゃんも災難だよね。お父さんの開発してたシステムなんて、何も知らないはずなのに。狙われるなんて大変だよね」
つむぎが気遣うように声をかけた。ふたりはライバルだけど、こんな事態でいがみ合うことはしない。
「は、はい。ありがとうございます。皆様が対処してくれるので、安心です……」
そう、感謝の言葉を口にした。
つむぎの言ったことと、少しズレた返事だった。コントラディクションシステムの情報なんて持ってないという問いかけなのに。
それだけ、追い詰められてしまっているのだろうな。
「じゃあ、わたしは帰るわね。くれぐれも、エリーを外に出さないこと。いいわね?」
ふらつく足取りで出ていく樋口を見送った。かなり飲んでるな。それだけ仕事が忙しかったんだろうな。
「ういー。悠馬、お酒おかわり……」
いや。仕事が忙しくなくても飲んでる奴がいるから、樋口のも関係ないのかも。仕事をしてるだけ、あっちの方が立派だけど。
「みんな。今夜はとりあえず、この家に泊まるでいいな? 明日からどうするかは、また考えよう」
「そうだな。僕としては、毎日ここにいても構わないのだけどね」
「ここで暮らすことも無理ではないからな」
特に、今は夏休みだし。行動の自由は利く。問題は。
「うへへ……お酒はどれだけあってもいいからねー」
机に突っ伏したまま、少し離れた箇所に置かれてるビール缶に手を伸ばそうとする愛奈に目をやる。
明日は有給を取ってるけれど、明後日からはちゃんと仕事に行かなきゃいけない。盆休みはまだ先だ。
あのマンションでスーツに着替えなきゃいけないし、その他社会人として必要な準備とかもあるだろう。たぶんあるはずだ。
だから、いずれはマンションに帰らないといけない。
「愛奈だけ帰らせるのはどうだい? あそこでひとりで暮らしてもらうのは」
「駄目だ。こいつはひとりで暮らせない。明後日の朝、起きるのも無理だ」
「それはわかる。うん。マンションに戻る時は、みんなでだね」
マンションまで行くこと自体は問題ないんだ。その間、エリーの姿が敵に見られなければいいだけ。
明日、愛奈の酔いが覚めたら車を用意して帰ろう。そこから先は、それから考えればいい。とりあえずエリーを外に出さず、敵に見つからないようにすればいい。
「なんかお泊りの続きみたいで楽しいね! ラフィオと一緒に寝たい!」
「おいこら! 遊んでるんじゃないんだぞ!」
「えへへっ! エリーちゃんも一緒だよー」
「え。あ。はい!」
エリーの手を握って笑いかけるつむぎに、エリーも戸惑いつつも笑顔を見せた。
「今夜は一緒にお風呂入ろっか! 三人で!」
「僕もなのか!?」
「当たり前だよー。合宿だとラフィオは一緒に入れなかったけど、水着着てるんだから入れたはずだよね!」
「その理屈はおかしい!」
「でも、わたしこの前もラフィオとお風呂入ったよ? ちゃんと水着で」
「それは……そうかもしれないけど……おい悠馬! なにか言ってくれ!」
「つむぎの好きにしたらいいと思う」
俺も遥と混浴したんだよな。水着で。だから反対意見は言えない。
「なんでだ……」
「じゃあエリーちゃん! 水着に着替えよっか! あ、ラフィオはモフモフの姿で入るから、着替えなくてもいいよ!」
「おい! ここで脱ぐな!」
ラフィオの制止も聞かず、つむぎはシャツを脱いでショートパンツに手をかけた。俺は慌てて後ろを向いたから、つむぎの下着なんか見てないぞ。
「つむぎさん!?」
「ほら、エリーちゃんも着替えて」
「おいこら! やめろ! エリーに変な趣味が出来たらどうするんだ!?」
止めながらも、つむぎたちの方を見ることもできないラフィオは、妖精の姿になって俺の頭に飛び乗った。
しばらく、二人分の衣擦れの音を聞いていた。
「ラフィオ、もうこっち見てもいいよ!」
俺も振り返れば、もう見慣れてきた水着姿のふたりが立っていた。
「よし、行ってこい」
「嫌だ! なんでこいつらと一緒に風呂なんか! ぐえっ!」
「えへへー。ラフィオとお風呂ー」
ラフィオは逃げ出そうとしたけど、つむぎの方が早かった。素早く体を掴むと、スキップしながら風呂場の方に向かっていく。それを慌ててエリーが追いかけていった。
なんて平和な光景だろう。悪意ある者に追われていたとしても、子供は元気だ。




