7-35.留守の双里家に
樋口は久々に、模布市内に借りているアパートの一室でのびのびと過ごしていた。
魔法少女たちは合宿で模布市をしばし離れていて、彼らを見守ったり面倒ごとが起こったと連絡する仕事も一時お休み。
あの子たちはいい子とは言えない。
悪人ではないけど、自由に生きすぎていて手間がかかる。ギリギリで常識人だから、公安が監視しなきゃいけない本来の危険組織よりは扱いやすいのだけど。
それでも、こういう休日は謳歌させてもらわないと。
昨夜は遅くまで好きなだけ酒を飲んで、眠たくなると下着姿のままベッドに潜り込んだ。
そのまま昼まで惰眠を貪り、起きてからもベッドの上からダラダラと動こうとしなかった。
空が暗くなり始めているのを見て、どこかに食べに行こうかと起きがったところ、スマホが鳴った。
県警所属の公安の人員だった。樋口と協力して、魔法少女たちをサポートするチームのひとり。
たとえば、双里家や神箸家を監視するのが仕事。別に家の中まで見ようとか、そんなことはしない。
公安以外の人間が魔法少女の正体に勘付いて接触を計らないかとか、そもそも単純に女子供を狙った変質者が出没して彼女たちに危害を及ぼさないかとか、そんな事態に対処するために家周辺を普段から見張っている。
そんな彼らがわざわざ連絡を寄越してきたということは、何かあったということ。魔法少女たちが不在の時に。
空き巣でも入ったかな。そんなまさか。あのマンション周辺は、地域一帯を見ても治安のいい場所だ。県警の協力もあって、警官によるパトロールも強化されている。
泥棒が出る可能性は低い。じゃあ、なんだろう。
電話に出て話しを聞く。
「不審者? 双里の家の周りに? ……外国人?」
空き巣よりは良い報告だった。魔法少女たちに被害が出ていないという意味で。
彼女たちが合宿という名の旅行に行ってる間に、相手の素性を確認して対処してしまおう。
外国人というのが気になる。仮に、突然引っ越してきた無関係の人間だとしたらそれでいい。
トライデン社の人間だとすれば、まずい。クローヴスに同行して日本に来ていた社員はみんな逮捕したけれど、取り逃しがいたのか。それとも追加で人員が派遣されたか。
レールガンだけでも取り戻そうと直接交渉してくる人間か。あるいは……。
「素性を確かめて。急いでね。わたしも双里家の近くに行ってみるわ」
素早く指示を出して、樋口は仕事モードに切り替えた。急いで服を着ながらコップの水を飲んで乾いた体を潤し家を出る。
――――
「つ、疲れた……」
「ごめんな。風呂入ってる間、姉ちゃんの相手を任せて」
「いいの。悠馬が謝ることじゃないから。愛奈さんが悪いの。あと麻美さんも」
「あいつもか……」
愛奈と比べると、あくまで比較的だけどまともな人間だ。けど、合宿中は水着で過ごそうと平然と言い切る人。
ノリが良くて親しみやすい人柄だけど、酒癖は愛奈の悪いところを着実に身に着けてるな。
そんなふたりは今、なんとか水をガブ飲みさせて酒を少しは抜かせて、風呂に入れたところ。つむぎとエリーも一緒に行かせてるから、たぶん事故は起きないはず。何かあれば呼べと言ってるし。
遥だけは、ここに残っている。風呂まで一緒に過ごすのは嫌というか、休憩したいらしく机に突っ伏している。
「愛奈さん、わたしの足に頭乗せたままお酒飲み続けるの。麻美さんもどんどんビール缶渡すし。麻美さんだって、わたしに絡んで仕事の愚痴を行ったり」
「なるほど。社会人も大変だな」
「それはわかるんだけどね。知らない課長の話を聞かされて、どう思うとか。答えようなくない?」
「うん。ない。コーラ飲むか?」
「飲む……わたしも大人になったら、このコーラがお酒に変わるのかな」
「今心配することじゃない」
「だよねー……ねえ、悠馬」
「なんだ?」
「この後、ふたりで一緒にお風呂入らない?」
「なんでそう……わかった」
俺は既に入ってるとか、そういう言い訳を並べようとしたけど、やめた。
遥に酔っ払いの相手させた引け目もあるし、希望は叶えてあげないとな。
「やったっ! もちろん、水着を着たまま入るんだよね?」
「当然な」
「まあそうなるかー。いやね、こんな足だから、誰かの手助けがないと広いお風呂には入れなくて。誰かに支えてもらわないと」
本来なら、それを愛奈か麻美がすべき。けど、ふたりとも酔っ払ってる。なんて情けない連中だ。
小学生に遥を支えさせるのは負担が大きい。だから男子の誰かに頼むしかない。遥が誰を選ぶかなんて、自明だよな。
「ちなみに、家ではどうしてるんだ?」
「うちのお風呂はそこまで広くないし、バリアフリーで手すりが多いから、ひとりで入れるよー。家族で旅行に行く時は、彼方かお母さんに任せます」
なるほどな。
「悠馬さん遥さん、愛奈さんたちのお風呂終わりましたー」
「そうか。ありがとう。ふたりとも無事そうか?」
「はい! なんとか歩けてます!」
「あー。さっぱりしたら、またお酒飲みたくなったなー」
「そうですね先輩。もう倒れるまで飲んじゃいましょう」
「倒れたら、外で仰向けになろうね。で、星を見ながら飲むの!」
「星見酒最高です! 星が綺麗ですね。けど、今日の先輩の方がずっと綺麗ですよ」
「きゃー! 麻美ってば口説くのうまいわね!」
うん。歩けてるだけだな。なに言ってるんだ。




