7-34.星見風呂
遥の方が戸惑っていて。
「なんですか。しんみりしたこと言うなんて、似合ってないですよ。てかお母さんじゃないです」
「だってー。わたしだって寂しくなることあるし。みんな亡くなってから、頑張ってるんだもん。仕事とか」
「そうだな。姉ちゃんは頑張ってるよ」
俺も愛奈に寄り添うようにして、頭を撫でてやる。
「本当はもう少し頑張ってほしいし、突拍子もないことを言うのも控えてほしいし、酒量も少し減らしてほしいけど、それでも姉ちゃんはすごいよ」
「悠馬、それ褒めてないよね?」
「褒めてる」
「そっかー。えっと、愛奈さん。わたしから見ても、愛奈さんはよく頑張ってると思います。将来悠馬に養ってもらうつもりでいるのは、大人としてどうかと思いますけど。でも立派な社会人だと思います」
「遥ちゃん。それも褒めてるとは言いにくいと思うよ」
「え?」
「ううー。ふたりともありがと。もっと甘やかして……」
「ほら先輩。愛奈さん喜んでる」
「甘やかすかどうかは別だけどな。今日くらいは優しくしてやるか」
「お酒、もっと飲んでいい?」
「程々にな」
「ん……」
愛奈が伸ばしてきた手にビール缶を載せてやった。
「えへへ。わたしはいい家族に恵まれました」
「わたし、家族でいいんですか? てか、膝から降りてください」
「遥ちゃんも家族みたいなものよ。もちろん、つむぎちゃんもラフィオもエリーちゃんもね」
「そ、そうですか……家族としての立場はやっぱり、悠馬のむぐっ。むむむー」
それ以上言わせるとややこしいことになりそうだから、俺はすかさず遥の口を塞いだ。
愛奈はあまり気にしてない様子で、少し開いた遥の足に頭を乗せたまま、太ももが途中からない左側に向いて缶を口まで持っていった。
人の股で酒を飲むって、どんな気分なんだろうな。
「ラフィオ様。わたしたちも家族なんですね」
「わたしも含まれてるんだよねー?」
「ふたり同時に話しかけてくるな。ああ、お前たちも家族ってことらしい。あいつが家長の、な」
「愛奈さんは、立派だとわたしも思います」
「え?」
呆れているといったラフィオの口調だけど、エリーがそれに同意しなかったから驚いた様子を見せた。
「愛奈さんは、家族のことを見てくださりますから。立派です」
「……そうか」
「わたし、今とても幸せだって思います」
「今だけじゃない。これからもずっと、そうだから」
「はい、ラフィオ様」
水着姿のエリーがラフィオに寄り添っている。
つむぎはといえば、くっついたふたりをどう引き剥がそうかと思案していた。
なんなんだ。この空間は。
「疲れた……」
「お疲れ様。みんなを見守るのって大変だね」
「ああ。僕もその気持ちはわかるよ」
「俺はラフィオも気にかけてたんだよ。お前のせいで、つむぎとエリーが喧嘩にならないか」
「そうなのかい?」
「いらない心配だと思うけど、一応な」
少し後。男子だけ三人で風呂に入ることに。愛奈の悪酔いが覚めるのを待つ意味もあって、先に男子が入ってきてと遥に言われたというわけ。
酔っ払いを遥に任せるのは悪いと思いつつ、しばし安息の時間を過ごさせてもらおう。
「つむぎとエリーは、あれはあれで仲良くしているぞ」
「ラフィオから見たらな。傍から見たら、結構バチバチしてるというか」
「そうだね。ふたりとも根は優しいから、喧嘩したりはしない。けど相手のこと、明らかに意識してるよ。どう出し抜こうかと考えてる」
「そうか? ……そうなのか」
ラフィオが湯船に体を預けて星を見上げる。都市部から離れたここでは、星の光を消すような灯りは乏しい。
頭上には満天の星空が広がっていた。
「僕はさ、両方ともに幸せになってほしいんだ」
「それは前も聞いた」
「どっちにも不幸になってほしくないんだ」
「じゃあラフィオ自身は、どっちを選びたいんだい?」
「……」
剛の問いかけに、ラフィオはすぐに答えられない様子で。
「つむぎは、悪魔だ。容赦なく僕を掴んでモフモフしてくる。僕の言葉なんか聞いちゃいない」
「まあ、そうだな」
「エリーは、それに比べると天使だ。優しくて気遣いができて、慎ましい性格をしている」
性格までそうかは、正直俺にはわからない。本当に慎ましかったら、つむぎに対抗などできない。そもそも、あの父を見限って逃げるようなことはしない。
でも、ラフィオの目にはそう見えていた。
「そうか。ラフィオの認識はわかったよ。君は、つむぎちゃんとエリーちゃん、両方の幸せを願っている。それは大事なことだよ。けど、ラフィオ自身の幸せも考えないといけないよ?」
「僕の……うん。そうだね。僕は恋愛をするために、この世界に来たんだ」
「世界を救うためじゃないのか」
「それもあるけど、恋が出来るこの世界に憧れたのが最初だ。うん、恋をしてやるとも。幸せになってやるとも」
そう言うラフィオの表情には強がりが混ざっていて、何も決心などついていないように見えて。自覚もあるのか、風呂に顔を半分沈めて口からブクブクと泡を吐く。
水に濡れた綺麗な白髪が、灯りを受けてキラキラときらめいていた。




