7-28.子供たちに被害はなかった
それにしても、愛奈が小学生だった頃から十年以上経ってるのに、当時の話が未だに語り継がれているらしい。
「こういうのもあったわ。この学校に二宮金次郎が無いのは、夜中にプールで泳いでいた金次郎の像が底から伸びてきたたくさんの白い手に引きずられて溺れ死んだから、って噂」
「シュールだな」
無いものがあったという話を作ることも、銅像が何の説明もなく泳いでいる設定も。その時点で怪異すぎて、プールの底の白い手のインパクトが薄れる。
というか、手に引っ張られる必要なく溺れるだろ。銅像だぞ。泳げるはずがない。
「子供が冗談で考えたことが、こうやってなんとなく語り継がれたりして、時々話が入れ替わったりして、今に続いてるのね」
「別に、誰かが記録したわけでもないのに残るのって面白いですね。ねえお姉さん。小学生の時って、お姉さんどんな子だったんですか?」
「え? そりゃあもう。学校いちの秀才よ。テストは百点以外とったことなかったわ」
「えー? 本当ですかー? 悠馬、どうだったの?」
「知るわけないだろ。その時の俺、小さかったし」
愛奈が、学校の成績が良かったのは間違いないだろうけど。生活面では色々問題はあったと思う。
「はー。こんなお姉さんなのに頭だけはいいって、理不尽だよねー」
「なによ。頭だけじゃないわよ。顔もいいし」
「自分で顔がいいって言えるメンタル、立派ですね」
「魔法少女とかなれるし。あと、お姉さんじゃないから」
そんな身のない話をしている愛奈と遥から視線を逸し、つむぎたちの方に向く。
ラフィオに椅子を近づけて仲良くしつつウザがられているのは、いつも通り。けど数日前から、エリーもラフィオを挟んで反対側にいるから、取り合いの様相を呈していた。
元気だな、子供たち。今日は少し様子が違ったけど。
「つむぎさんは、さっき先生に謝ってたの、嫌だとは思わないのですか?」
エリーが、どこか釈然としない様子で質問をしていた。
わかってないのはつむぎも同じだけど。
「え? 嫌? なんで?」
「だって。怪物を倒したのはつむぎさんではないですか。なのに、その手柄を人に遥さんたちに譲って、自分は何もしてないと人に言わないといけないのは……悔しくはないですか?」
「うん。全然嫌じゃないよー。わたしが魔法少女だって、先生たちに知られるわけにはいかないから。知ってる人だけ知っていればいいの!」
「そういうもの、ですか?」
「うん。それに、わたしが魔法少女してるのは、みんなから褒められたいからじゃないから。ラフィオと一緒にいたいからだよー」
「そうか。でも食事中に抱きつこうとするのはやめてほしいな」
「周りにどう思われても、わたしは気にしないんだよ」
「僕にどう思われてるかは気にしてほしいな」
「えへへっ。ラフィオ好き!」
「ああもう。わかったから。後でな」
「わ、わたしも、ラフィオ様に抱きつきたいです」
「後でな」
「えー。わたしだけじゃないのー?」
「ああ。こいつら面倒くさい」
ラフィオも大変だ。
「ゆ、悠馬! わたしと遥ちゃん、どっち選ぶ!?」
「わたしだよね悠馬! たしかにお姉さんほど頭は良くないし片足も無いけど、わたしの方が魅力的だよねお姉さんより!」
「わたしだって! 遥ちゃんより不器用な自覚はあるし、胸も負けてるけど! でもどっちも僅差だから! 総合的にはわたしの方が上よね!?」
「僅差じゃないだろ。そんなことで張り合うな」
「悠馬が選んでくれたら、全部解決します!」
「しないだろ」
選ばれなかった方が、それで諦めるとは思わない。というか、選べるはずがない。
大変なのはラフィオだけじゃないんだな。
――――
「そうですか。夏休みに入ったのに、大変ですねえ。ですが子供が無事で本当に良かった」
「いやいや、全くだ」
終業式の日の夕方に思わぬ怪物騒ぎ。その対応に教師たちは大わらわだったが、幸いにして巻き込まれた児童はごく少数。怪我もなかったし、被害は学校の内部に留まった。
修理も夏休みの間にやればいい。九月には何事もなく子供たちを迎えられるだろう。
数年後に定年を控えた鍋川という老教師にとっては、それが何よりも大切なことだった。
長年連れ沿い、今日も夜遅くの帰宅になってしまったのに嫌な顔一つせずに夕飯の用意をしてくれた妻に、その彼はその思いをしみじみと話した。
「魔法少女には感謝してもしきれないな。忘れ物を取りに来たあの女の子は、明るい子だからみんなに好かれている。ちょっと、好きなものに夢中になりすぎる所はあるが、元気ないい子だ。彼女の身になにかあれば、子供たちは悲しむからなあ」
「ええ。本当に良かったですねぇ……」
「そういえば、一緒にいた子は誰だったんだろう。児童の知り合いという、外国人の女の子がいたんだ。隣の家に預けられている、と言っていたが」
「夏の間、親戚に預けて日本にいる、とかですかねぇ。外国の夏休みは長いと聞きますから」
「かもなあ。エリーという名前で日本語が達者な、とてもいい子だった。あの子も無事で良かった……」
「ええ。子供たちの無事が何よりですよ」
ただただ、夫の言葉に聞き入り相槌をうつ妻。そんな、夫婦の静かな会話を聞いていた者が、もうひとりいた。
エリーという外国人の子供の存在を知った男がいた。




