7-26.エリーを守りながら
「小学校かー。懐かしいね」
「そうだな」
つむぎの小学校は、俺たちが通っていた小学校でもある。俺と遥はほとんど別のクラスだったから、共通の思い出は少ないのだけど、それでも同じ学び舎だ。
校舎正面から入り込んで、緊急事態だから土足で失礼させてもらう。
上の階から怪物の咆哮が聞こえてきた。階段を登ると、教師がひとり現場に向かっているのを見かけて。
「な……先生!」
ライナーが咄嗟に呼びかけた。俺たちが在籍している頃から勤務していた、よく知ってる教師だ。かなり薄くなった白髪が特徴の、老境に差し掛かった男性教師。
穏やかな性格故、生徒たちからも慕われていた。
だからって先生呼ばわりは変かもしれないけど。というか一瞬、ライナーは先生の名前を言いかけてたし。
彼の名前は鍋川という。遥も覚えていたのか。
とにかく、その鍋川先生は魔法少女と覆面男の到来に安堵した様子を見せた。
「ま、魔法少女さん! 上から恐ろしい声が聞こえて。様子を見に行こうと」
「怪物が出てます。私たちに任せてください。他の先生方と一緒に職員室で待機していてください! 終わったら知らせますので!」
「お願いします! 生徒がひとり、校内にいるはずなのですが姿が見えなくて。五年生の女の子です。もうひとり、外国人の女の子もいるはずで」
つむぎたちだな。その子も魔法少女だから心配することはないとは、口が裂けてても言えない。
「大丈夫です! 助けてきますね! 行ってきます!」
次の瞬間、ライナーはダッシュで階段を駆け上った。俺もすぐについていく。
三階の音楽室前の廊下に、奴はいた。長い廊下のずっと向こうにラフィオたちがいて、それを黒タイツが追いかけている。
フィアイーターたちの背後を完全に取れた状況だ。
なんだろう。でかい板に手足がついている。
危険はないだろうと、ライナーが遠慮なく蹴飛ばしたところ、フィアイーターは不意打ちに対応できず大きな音と共に倒れた。
「フィアア……」
恨めしそうな声と共に起き上がり、こちらを見たフィアイーターは。
「バッハだ! ねえ悠馬あったよね! 肖像画がピアノ弾いたり走ったりする七不思議!」
「あったなー。トイレの花子さんが自撮りしたり」
「悠馬さんの時もあったんですね!」
ハンターにも聞こえているのか、そんな呼びかけ。今も語り継がれているのか。あの不条理な七不思議。
「悠馬さん! エリーちゃんを守ってもらえないでしょうか!?」
「ああ。わかった」
戦う術のない彼女と一緒にラフィオの上に乗っているハンターは、少し戦いにくそうだった。
「エリーちゃん、あそこの階段から下に降りて。悠馬さんも別の階段から下に行くから、合流してね」
「は、はい!」
少し裏返った声で返事をしたエリーは、ぎこちない動きながらも階段の方に駆けていった。俺も、校舎の逆側の階段に向かって戻っていく。
「悠馬後ろ! 黒タイツが来る!」
「わかった!」
フィアイーターを蹴ってなんとかコアの露出を試みているライナーだけど、大勢いる黒タイツには構えなかった。特に、自分ではなく俺を狙って追いかけてくる奴らには。
「フィー!」
「フィー!」
背後から複数の声と足音。全力で走っているのか、俺との差はジリジリと詰まっていく。
ならば迎え討つだけ。階段の近くで速度を緩めると、ナイフを握って後ろへ振る。
黒タイツの胸に刃が深々と刺さった。走っていた勢いが仇になったな。
そいつは即死したことだろう。代わりに、強い衝撃を受けたナイフも一撃で刃が折れて使い物にならなくなった。
黒タイツはもう一体いる。勢い任せに俺に殴りかかってくるそいつを真正面から受け取ると見せかけて、直前でかがんだ。
姿勢を低くして奴の足を払う。姿勢を崩した黒タイツは、勢いのまま階段に突っ込んで転がり落ちていった。
廊下で走るとこうなるんだよな。
自戒を込めつつ、俺はエリーを迎えに行くべく階段を駆け下りていった。
エリーは言われた通り、反対側の階段でじっと待っていた。
不安そうに壁によりかかり、うつむいている彼女は足音で俺が来たのを察知して顔を上げた。
「悠馬さん?」
「ああ。そうだ」
俺が覆面男なのは伝えていはいるけど、直に見るのは初めてで。少し怯えた表情で尋ねてきた。
「怪我はないか?」
「はい! ラフィオ様が守ってくれたので。でも」
「怖かったか?」
「はい。あの。わたし」
「フィー!」
「下がってろ」
黒タイツがまだ追いかけてきたらしい。
一体だけだ。さっき階段から落ちた奴らしく、足を引きずっている。けど、しぶとく生きていた。
さっきと同じ間違いを繰り返す気はないらしく、拳を握って構えながらこっちに少しずつ近づいてくる。
「フィー!」
不意打ちをせず、威嚇するような声を発しているのは、その方が奴の目的に沿うからだ。
人気のない学校で人間を殺すと、恐怖は集まらないからな。
「フィー!」
黒タイツは威嚇を繰り返しながら、廊下の窓ガラスを殴った。
人間が同じことをしても簡単にはいかないだろうけど、黒タイツの一撃でガラスが割れて破片が飛び散る。
「ひっ!?」
「怖がらなくていい。俺が守ってやる」
躊躇のない暴力を目の当たりにしたエリーが小さく悲鳴をあげた。当然だよな。
だから、俺がこいつを片付けないと。




