7-25.ベートーベンがピアノ弾いてる
「ラフィオ、先に行くね。わたしの学校だから、壊されたくないの」
「あ、ああ。すぐに追いかける」
階段を一段飛ばしで駆け上がるハンターをちらりと見てから、エリーに向き直った。
敵について学ぶのはいつでもできる。魔法少女に変身してからでも遅くはない。
そう伝えようとしたのだけど。
「もちろん、怪物からは離れて観察しますし、危険だと思ったらすぐに逃げます。それに……もしもの時は、ラフィオ様が守ってくださると信じていますので」
夏の、高い日差しが窓から入り込みエリーを照らす。
意志の強い、けれど優しい笑みを浮かべていた。
この強さはどこから来るのだろうか。
わからないし、今はそれどころじゃない。
「とにかく、まずは悠馬たちに連絡だ。それから、来たければ来い。絶対に怪我はするなよ?」
「はい!」
――――
「フィアイーターが出たそうだ。しかもつむぎの小学校だって」
「よし行こう! 宿題なんかやってる場合じゃ……ない。けど、宿題も大事だよね。悠馬は教えるのもうまいし。だんだん楽しくなってきたけど! でも怪物退治が優先、だよね?」
「ああ」
遥が、ちよっと引いたような様子で勉強の楽しさを口にする。いや、俺そんなに怖い顔してたか?
してたかも。
「とにかく行くか。今日の宿題はここまでだな」
「うん! ……帰ったらまた続きとか言わない?」
「言わない。今日は遥は、よく頑張った」
「えへへー。褒められると照れるな。よーし、もっと頑張っちゃうぞー」
なにやら気合いが入った様子で変身したライナーは、俺を抱えてマンションから飛び出した。
「なんでお姫様抱っこなんだ?」
「なんとなく!」
「宿題させたこと、恨んでるか?」
「全然! これは偶然です! あははー」
楽しそうだから、いいか。
――――
「ラフィオ! あれ見て!」
「フィアァァァァァ!」
フィアイーターの気配を追って上の階まで駆け上る。ある教室の中で、奴は暴れていた。
吸音仕様の穴が空いた壁。黒板には五線譜が引かれていて、ピアノも置いてある。壁には著名な音楽家の肖像画。ベートーベン、モーツァルト、ショパン。なぜかバッハがいないけど、絵画一枚分のスペースが抜けている。
その理由はわかっていた。
ピアノの傍らに、バッハの肖像画から木目調の模様が入っている手足が生えたフィアイーターがいた。肖像画自体も巨大化していて、足含めると大人の背丈ぐらいの大きさ。バッハの顔がフィアイーターの凶悪なものに変わっている。
絵だけど厚みも増しているだろうから、コアが絵のどこかにあるのは想像がついた。
それが、グランドピアノの鍵盤に手を叩きつけていた。演奏してるわけじゃないし、その技術がある怪物ではない。単に破壊行為として叩いているだけだ。
デン、デン、デン、デーンと不協和音が教室内に響く。
「バッハがピアノ弾いてる! しかもベートーベン!」
「呑気なこと言ってる場合か!」
意図せず七不思議が現実となった光景を喜ぶハンターだけど、それどころではない。
フィアイーターも、その周りで机や椅子をぶん投げて破壊行為をしている黒タイツたちも、こちらの存在に気づいた。
「人が来る前に殺すぞ!」
「うん! でもできる?」
「わからない! とりあえず敵を減らせ!」
「はーい」
ハンターひとりでフィアイーターを殺すのは難しい。矢を何本も射て怪物の体をハリネズミみたいにして、偶然コアを貫くのを期待しないと。
他の魔法少女や悠馬の手助けが不可欠だけど、それまでに黒タイツを減らしてフィアイーターの手足を射抜くとかして敵の戦力を削ぎたい。もちろんラフィオ自身もそうするつもりで。
ハンターは黒タイツの一体の首に狙いをつけ、即座に射抜いた。そして二体目も同様に殺す。三体目に狙いをつけた時には、黒タイツたちが一斉に襲いかかってきた。
ラフィオがすかさずハンターの前に出て、先頭の黒タイツの顔面を殴る。体重の乗ったパンチの上に、昏倒したそいつの胸部に前足を乗せて体重をかけながら後ろ足で跳ね、後続の敵を数体まとめてキックで追い払う。
ハンターが軽くジャンプして、そんなラフィオの背中に飛び乗りながら、蹴られた黒タイツの一体を射殺した。
まだ黒タイツの数は多い。フィアイーターに矢が届くことはない。
「狭い教室の中じゃ戦いにくいな。敵の数が多いと追い詰められる」
「そうだね! 外に出る?」
「あまり気は乗らないけど、そうするべきだ! とりあえず廊下に出よう!」
机から机へと器用に飛び移りながら、ラフィオは開けっ放しの扉まで向かう。
廊下の方が教室よりも狭いが、長さはある。こっちに向けて殺到してくる黒タイツの動きも制限される。
距離を取りながら、まっすぐ向かうしかない敵に矢を射る戦法が使える。教室で取り囲まれるよりずっといい。
懸念事項があるとすれば。
「エリー! 乗れ!」
「エリーちゃん逃げてなかったの!?」
「どうしても敵のことが知りたいって言うから!」
教室の外から戦いを見守っていたエリーに危険が迫るのは避けられない。
彼女は戸惑った様子を見せながら、ラフィオの上に苦労しながらよじ登った。ハンターの前に位置する形だ。
「そこ、わたしの場所なのに……」
「今は敵を殺すことに集中しろ!」
「わかってるけどー!」
ラフィオが逃げながらハンターが射る。その戦法を取るならベストな位置関係だ。だけどハンターは少し不満顔。
それでも廊下を走る黒タイツたちを確実に殺していた。
バッハのフィアイーターも廊下に出てきたようだ。同じようにこっちを追いかけるつもりだったのだろう。
できなかったけど。
奴の背後から、黄色い光が強烈な蹴りをお見舞いしたから。




