7-21.つむぎの忘れ物
つむぎは毎日、ラフィオを連れて学校まで行っていた。エリーは家でお留守番だ。ラフィオから教えてもらった掃除をしたり、テレビを見て過ごしている。
受信料で成り立っている公共放送の、教育方面特化チャンネルで午前中にやっている、子供向けの教育番組を毎日熱心に見ているらしい。
歌のおにいさんとお姉さんが子供やモフモフの着ぐるみと踊るパートからだ。
明らかに幼稚園児くらいが対象の番組だけど、エリーには興味深いらしい。日本のことを知るのに、確かにこういうことから入るのは適しているのかもしれない。
その後にやってる、小学生の各教科に特化した教育番組も、エリーは勉強に多いに役立てているという。
今もテレビはついている。料理番組らしく、ラフィオがソファ前のテーブルに座って眺めていた。
テレビがついていると勉強に集中できないというけれど、つむぎは画面に一切目を向けずにプリントをまとめて、鉛筆で何か書き込んでいた。
「つむぎちゃん、なにしてるの?」
遥が、そんなつむぎの前に座りながら尋ねる。
「夏休みの宿題の整理してるんです。早いうちに終わらせて置きたいなって思って」
「ほあっ!?」
なんという向上心。研究分野でひとかどの功績を上げている両親の頭脳を引き継いだ少女は、真面目に勉強をするのが苦ではないようだった。
「遥も見習おうか。夏休みの宿題、早めに終わらせなきゃいけないもんな?」
「え、えー? 早ければいいってものじゃないと思うけどなー。こういうのは計画性が大事なわけだし? 早いうちから頑張りすぎてます後で疲れちゃうというか? バテる、そうバテるんだよ! 夏バテってやつだよ!」
「夏バテはそういう意味じゃない」
「つむぎ。動物園の特集始まったぞ」
「ほんと!? やったー!」
料理番組が終わって、ラフィオがチャンネルを切り替えた。
お昼の情報バラエティ番組だ。夏休みのお出かけスポットを紹介するみたいなコーナーで、ここからはちょっと遠い県にある動物園にタレントが訪れていた。
勉強モードの落ち着いた雰囲気が一瞬にして消え失せて、モフリストに変わったつむぎが立ち上がり、ソファの背もたれを飛び越えて座り、テーブルの上のラフィオを引っ掴んだ。
「ぐえっ!」
「ラフィオー。また動物園行きたいね!」
「前も行っただろ!」
「何度だって行きたいの! モフモフー」
「ぐえー」
「あ、あの。ラフィオ様が苦しんでいて」
「あ。ごめん。静かに見ようね」
「うん。そうだな。静かに……」
ショートパンツのつむぎの太ももの上に乗せられたラフィオだけど、その体をがっちり掴まれているために逃げ出すことはできない。
エリーはつむぎの横に座りながら、ラフィオの方をチラチラと見ていた。自分も乗せたいのだろうな。
「た、助かった……」
遥が椅子にぐったりと座りながら言う。
何も助かってなどいないのだけど。宿題は絶対にしなきゃいけないのだから。
「あー。お昼ごはん作らないとなー」
「おい、こら」
「宿題は、また今度ー」
歌うように言いながら、キッチンに向かっていく遥。
食事を作ってくれるのはありがたい。だがそのせいで宿題を疎かにするようなら、俺も鬼にならないといけないな。
昼食後、駄々をこねる遥をなんとか宥めて、宿題を少しでも進めさせる。どうせ家に帰れば勉強のことなど一切忘れてしまうのだから、今のうちにやっておかないと。
あまり強い言い方で強制はできなかったのが。俺の限界だけど。
すると。
「やっぱり……忘れ物してる」
つむぎがランドセルの中を数度確認して、静かにつぶやいた。
全員、そちらへ向き直った。
「あ。いえ。ノートを学校の机の中に忘れちゃったみたいです。宿題に必要なものなので、取ってきますね」
「明日じゃ駄目なのか?」
夏の日の入りは遅いとはいえ、今から行ったら帰るときには暗くなっているかも。
小学生の女の子がひとりで夜に出歩くのは避けた方がいい。
「いえ。今日のうちに取ってきます。明日は学校閉まってるかも」
確かに、終業式があった今日は教員もこの時間まで仕事してるだろう。明日はどうかはわからない。いるかもしれないけど。
忘れ物をしたから取りに行くなら、今日の方が自然なのはわかる。
「わかった。俺も一緒に行く」
「うん! そうだよね! 悠馬も一緒の方がいいよね!」
「……」
「な、なにかな!?」
俺がいなくなった途端に宿題を放り出すのが目に見えている遥を前に、どうしようかと葛藤したのは事実。
「悠馬は遥の側にいてやれ。つむぎ、僕が一緒に行く」
「えー」
「ほんと!? ラフィオ好き!」
ラフィオの提案に対照的な反応をするふたり。
「悠馬。夕飯は僕が作るってことでいいのかい? 出かけるついでに買い出しもする」
「ら、ラフィオ? わたしがご飯作ってもいいんだよ?」
「遥は宿題に専念しろ。早めに終わらせた方が後が楽だぞ」
「あうう……モフモフの妖精に正論を言われるの、刺さる……」
「ラフィオ、頼めるか?」
子供だけで夕刻に外出するのは変わらないけど、ラフィオなら頼れるし問題ないだろう。そもそも、大きくなれば小学校まで常人には行けないルートで行けるわけで。不審者と出会うこともない。
用事自体をすぐに終わらせられるから、そうすべきだな。
「ラフィオ、なにかあったら守ってね!」
「変身したら僕よりお前の方が強いだろ」
「でもー。ラフィオに守ってほしいの!」
「あの! わたしも一緒に行きたいです!」
エリーがそんな声を上げた。
「に、日本の小学校がどのような所なのか、見たいです! もしかしたら、わたしもいずれ通うことになるので!」
「えー……ラフィオ、どうしよう」
「いいよ。一緒にいこう」
「え」
ラフィオがあっさり同意するとは思わなかったのかな。つむぎが意外そうな顔をした。




