7-20.夏休みが始まる
「なんでかな……お風呂上がりのつむぎちゃんがいるように見える……」
「ちゃんと見えてる物を認識できてるあたり、酔いは覚めたか?」
「ええ。わたし、どれくらい飲んでた?」
「それは俺じゃない」
つむぎがモフモフを抱いて寝たいからという理由で、隣の家から持ってきたモッフィーのジャンボぬいぐるみだ。間違うな。
リビングのソファに座らせてあるモッフィーに話しかける愛奈の前まで、わざわざ移動してやって経緯を説明する。
先程、エリーと一緒にお風呂に入ってきたつむぎは、パジャマに着替えた姿。ドライヤーはかけたけど微かに濡れた髪が照明を反射している。
エリーもまた、つむぎと一緒に風呂に入っていた。そのことに一瞬だけ難色を示したのは事実だし、なんならラフィオも愕然とした表情をしていた。
けど、結局は受け入れられている。別につむぎが嫌われてるわけではないからな。
少女ふたりが、風呂場でどんな雰囲気でどんな会話をしていたかは知らない。けど今は、仲良く机に向き合っていた。
つむぎは今、机にノートとドリルを広げて宿題の最中。ついでに、エリーに日本の学校の進行度について教えているらしい。
エリー自身、学校に興味津々な様子。学校で教わる内容に差があるし、日本語教育を受けていた間は他の勉強をしていた様子もなく、いきなり小学校に通えと言われても厳しいだろう。
理科の単元は世界共通の法則が元ゆえに理解も早いだろうけど、社会なんかは難しいかもな。日本語は上手でも、日本の社会の知識までは詳しくなさそう。
とりあえず夏休みの間、エリーには勉強をしてもらうのかな。
「勉強もいいけど、夏休みはいろんな所に連れて行ってもいいかもね」
ソファに寝転びモッフィーの耳を弄りながら、愛奈はこっちに向けて話してきた。よかった、ちゃんと俺が見えてる。
「旅行ってほどじゃないけど。お出かけして日本の姿を見てほしいじゃない? せっかく来てくれたんだもの。楽しく少してほしい」
「そうだな。日本に馴染むためにもな」
「エリーちゃん、このまま日本に住み続けるつもりだもんね。帰化するとか」
「まだ先のことはわからないけどな」
「好きになってほしいよねー。日本の風景。日本の食べ物。日本のお酒」
「小学生に酒を勧めるな」
「わたしが飲みたいの。悠馬、ビール」
「駄目だ。ラフィオが風呂上がったら、姉ちゃんも入ってすぐに寝ろ」
「ねえ。一緒に入ろ?」
「断る」
「だってー。わたし酔ってるじゃない? それでお風呂入ったら危ないっていうか。男の子が側にいてくれた方が嬉しいじゃない?」
「だったら、酔いが覚めるまでしばらくじっとしてろ」
「うん。悠馬、お水持ってきて」
「わかった」
「あと、抱きしめて」
「……」
「せめて、わたしの隣にいて」
「それくらいなら。風呂入ってる時も、外にはいてやる」
「えへへー。さすが悠馬」
水の入ったコップを持って戻ってくると、愛奈は俺に寄り添って心地よさそうに目を閉じる。
おい。ちびっ子たち。なんでニヤニヤしながら見てるんだ。お前たちが好きな、恋人が仲良くしてる光景じゃないからな。宿題しろ。
「ひゃっはー! 夏休み! しかも! 補講も追試もなし! こんなの初めて!」
数日後。期末試験の結果も返ってきて、遥はギリギリながらもすべての教科で赤点の回避に成功。車椅子の上でバンザイをしながらの終業式を迎えた。
「そこまで喜ぶことか?」
「喜ぶことなのです! わたし、追試嫌いなので!」
「普段から勉強することのありがたさがわかったか?」
「ううん全然!」
こいつは。
「まあでも、悠馬には感謝してもしきれないよね。なにかお礼しないといけないよねー。どこかにデートに行ってあげるとか」
「お礼ならいつもされてるというか。弁当作ってもらってるし、夕飯もだし。俺の方が感謝しなきゃいけない立場だ」
「そ、そっか! じゃあ、悠馬がわたしにお礼しなきゃだね! デートに行くとかで」
「デート行きたいだけだろ?」
「はい! 今度は愛奈さんの邪魔なしでねー。悠馬、夏休みのご予定は?」
先日、エリーとあちこちお出かけしたいと、愛奈と話していたことを伝えた。
「なるほどなるほど。エリーちゃんとのお出かけ、わたしも楽しみだな。けど、悠馬とふたりきりもしたい。日程の相談しますか。悠馬の家、行っていい? お昼ごはんも作ってあげる」
「ああ。助かる」
終業式の日だから、午前中で解散。それぞれ、夏休みに思いを馳せながら帰宅したり部活に行ったり早くも遊びに行ったり。
つむぎの小学校も今日が終業式だから、そろそろ帰ってくるはず。ラフィオと一緒にだ。家で待ってるエリーに、行きたい所聞かないとな。
「ふふん。剛先輩が別荘に連れてってくれるとも言ってたよねー。海楽しみだなー。あと、お祭りとかー」
「遊ぶのもいいけど、夏休みの宿題はしっかりするんだぞ」
「しゅく……だい……?」
完全に頭から抜けてたな。
「ただいまー」
「お帰りなさい、悠馬さん!」
「おかえりなさいませ、悠馬さん、遥さん」
帰宅すると、プリントの束を整理していたつむぎが返事をした。エリーに至っては玄関まで出迎えてくれる。
彼女たちが俺の家に寝泊まりすることになって数日。エリーは家人が帰宅するたびに、こうやって出迎えては荷物を持って奥まで運んでくれる。
俺はそんなことしなくていいと言ってるのだけど、愛奈が喜ぶものだから続けてしまっていた。
そんな風景に、早くも慣れ始めている。




