7-19.つむぎも一緒に
当の遥は本気でショックを受けている様子で、キッチンのカウンターに力なくもたれかかっている。
「わたしが嫌々勉強してる間に、エリーちゃんは自主的に勉強してたのか……駄目だ。人としての格が違いすぎる……眩しい……」
こいつは何を言ってるんだ。
「エリーちゃん、ここの小学校通いたいの?」
「はい、つむぎさん。愛奈さんの家に引き取られて、そこで何もしないわけにはいかないでしょうから。学校に通うのは子供の義務でもありますので。それに日本の学校、とても興味があります!」
「そっかー。エリーちゃんとクラスメイトかー」
遥を無視して、つむぎとエリーが未来について話している。
そんなこと、本当にあるのかな。まあエリーを引き取って一緒に暮らすということ自体、現実感がなかったことなのに希望したら通ってしまったわけで。
不可能ではないのだろうな。
そんな感じでお喋りしていると、パーティーの料理もあらかた準備できた。主賓のはずのエリーは迷わず、庭に食事を運ぶのを手伝った。
「じゃあ、わたしたちの仲間になってくれるエリーちゃんから、ひとこと挨拶をどうぞ」
他の大人が既に酒の接種で使い物にならないからか、澁谷が進行を買って出てくれた。さすがアナウンサー、場慣れしている感じがする。
一方、そういうのに慣れていないエリーは緊張している様子で。
「よ、よろしくお願いします! ええっと、えっと、家に帰るまでがパーティーです!」
どういう意味なんだろう。
――――
エリーは用意された料理を美味しいと笑顔を見せながら食べてくれた。俺たちへのお礼も度々言っていた。
俺は買い出しをしただけで、料理を作ったのは遥たちなわけで、お礼を言われるほどのことじゃない。けれど彼女は感謝の気持ちを忘れなかった。
家族になるんだから、そこまでの遠慮はいらない。とはいえ、親しき中でも礼儀があるのは気持ちいいな。俺も見習わないといけないことだし。
「あははー。ゆうまがふたりいるー。どっちが本物かなー?」
おにぎりに話しかけてる愛奈にも、是非とも意識してほしいことだ。たぶんどっちも俺じゃない。
やがてパーティーも終わり、酔っ払った駄目な大人たちも多少は落ち着いた。運転代行サービスもちゃんと手配した。
ぐったりと座り込んでいる愛奈を横目に、俺たちは手分けして片付けをする。その最中に。
「あの。悠馬さん。エリーちゃん、悠馬さんの家で暮らすんですよね?」
「うん? ああ、そうだよ」
「部屋はあるんですか?」
「父さんと母さんの寝室が空いてるから、そこに入れようかなって」
ラフィオを兄貴の部屋に入れたのと同じように。
「そうですか。あの、ご両親の寝室ってことは、ベッドもふたつ?」
「そう。ダブルベッドじゃなくて、ふたつ買って隣り合う位置に置いている」
両親が死んでから数年。ずっと放置していて時が止まったようになっている部屋に、数日前久々に入った。
埃が溜まっていたそれを人が使えるようにすべく、ラフィオと一緒に掃除をした。
父も母も、こうやって時が再び動きだすことを歓迎してくれると思う。
それを聞いたつむぎは、意を決したような表情を見せた。
「あの。悠馬さん。わたしもそのお部屋に住んでいいでしょうか?」
「えっと?」
「なんといいますか。この前、お父さんとお母さんが久しぶりに帰ってきて、家族っていいなって思って。それで、わたしの家って夜はわたしひとりなのが寂しいっていうか。それに、エリーちゃん日本にあまり慣れてないから、誰かが近くにいた方がいいでしょうし。あと、ええっと」
「ラフィオとエリーが同じ家にいるのが、不安か?」
「あうう……」
図星か。つむぎは気まずそうに目を逸したけれど、気にすることじゃない。
「あいつも罪な男だな。本人に言ったら、そっちこそって言い返されるだろうけど」
「でも、ラフィオが素敵な子なのは事実ですから。エリーちゃんも、好きになる気持ちはわかるんです」
それで、自分がいない隙にエリーに取られるのが心配か。
「お父さんたちが急に帰ってきても言い訳はできると思うので。悠馬さん、お願いします」
「いいぞ。愛奈も反対しないと思う」
俺が断る理由なんかない。ラフィオとエリーはそれぞれ別の理由で難色を示すだろうけど、俺にとってはつむぎの気持ちも重要だ。
心配そうだったつむぎの表情が、ぱっと和らいだ。
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「うん。仲良くしろよ」
「はい! わたしたち、もう仲いいので!」
「そっか」
本当にそうかは見極める必要はある。なにかトラブルが起これば、年長者として止めなきゃいけない。愛奈にも手伝わせる必要はあるかも。
あまり心配はしてないのだけど。
「じゃあ、今夜はラフィオと一緒に寝てもいいですか!? エリーちゃんも一緒に」
「それはやめてやれ。ラフィオが困るだろうから」
こうやって注意しておけばいい。簡単なことだ。
「うー。はい。とにかく、一緒に住めること言ってきますね!」
「うん」
小躍りでラフィオの方に向かっていくつむぎの幸せそうな様子。俺は、自分の頬が緩むのを感じた。




