7-13.風を操るフィアイーター
迎撃するのは危険すぎるから、俺は背中を向けて逃げる。ちらりと振り返って相手との距離が詰まったと見れば、地面に倒れ込む。
伏せるような体勢で、受け身は取ってるからそんなに痛くない。
低い姿勢になった俺の足に黒タイツはつまずいて体勢が崩れて、俺に刺そうとしていた包丁を持ったまま倒れ込む。
地面を転がって包丁の刃先を回避した。制服が汚れるけど、気にはするまい。素早く起き上がって、砂を払うことなく敵を見据える。叩きつけられた黒タイツの手に握られている包丁を蹴飛ばして武器を奪ってから、こちらのナイフで刺殺そうとした。
けど。
「フィー!」
「フィー!」
「ああもう。数が多い……」
黒タイツが二体、それぞれノコギリとバールを握りながら俺に襲いかかってきた。
なんなんだ。金物屋でも襲ったか。
上段の構えから一気に振り落とされるノコギリをなんとか回避したところ、バールを持った黒タイツが踏み込んできたから咄嗟に後退る。
その隙に、さっき転ばせた黒タイツが起き上がって包丁を取りに駆け出した。武器を持った三人を相手にするのは、俺も厳しいけど。
「くらえー!」
ちょっと気の抜けた声と共に、光る矢が包丁を拾った黒タイツの頭を貫いて殺した。
獣の姿のラフィオに跨ったハンターが、アーケードの向こうから走ってくる。
「ラフィオ! わたしやるよ! 敵、いっぱい倒すよ!」
「いつもそうだけど。今日は特にやる気があるな」
「だって! わたしって強いから」
「あー。いいね。自分が役に立つアピールするハンター、好きだなー」
たぶんエリーの存在が、ハンターの闘志を燃やしているのだろう。ライナーがそれをニヤニヤしながら見つめていた。
彼女の足元には、倒れた黒タイツが複数人。
「とりゃー!」
ハンターの矢が、バールを持っている黒タイツの首を貫いた。
もう一体の黒タイツは、次は自分だと悟ったのだろう。俺の陰に隠れようとしたけど、それを許すはずもない。
俺の方から一歩近づいた。奴の手首を掴んで捻りあげて、握っていたノコギリを落とさせながら、胸にナイフを刺す。
無力化された黒タイツに追撃する意味はないと判断したハンターは、射る直前に狙いを変更。矢は俺が殺した黒タイツの鼻先を掠めて、向こうにいる別の黒タイツに刺さった。
相変わらず、ものすごい精度だ。
「ハンター! わたしの援護もやって! こいつ! 近づきにくというかー! きゃー!」
最後の悲鳴は敵の攻撃を受けたとかではなく、突風によって翻ったスカートへの反応だ。
フィアイーターは、体の大部分を構成している紙製のページを高速でめくることにより風を吹かせることができるらしい。
それと見た目によらない素早い足さばきで、常にセイバーと正対した上で距離を取り、正面からの風で接近を許していなかった。
アーケード内を吹き抜ける強風に、スカートを気にしてセイバーはまともに戦えない様子だ。
「わかりましたセイバー! あいつを殺せばいいんですね!」
いい返事だ。ハンターは弓を引き絞り、巨大な本に向けて放つ。しかし。
「フィアアアァァァ!」
フィアイーターが風圧を起こせば、真正面から受けた矢が煽られて失速。地面に落ちた。
「ラフィオ! あいつの横に回って!」
「わかった! けど簡単じゃないぞ!」
ここは細長いアーケード街。その通路のど真ん中に立つフィアイーターが風を起こせば、それを避けるのは不可能。だからセイバーも苦労してるわけで。
けどハンターには考えがあるらしい。ラフィオも言われたままに、フィアイーターの方にダッシュした。
「フィアアアァァァァァ」
「ぐっ! 思ったより風が強い……」
「跳んで!」
「跳ぶ!? わかった!」
言われるままにラフィオは跳躍。アーケードの天井付近までは平気で届くジャンプ力で、フィアイーターの頭上へ行く。
「フィアッ!?」
フィアイーターの方も目でそれを追うが、体の方はセイバーの方に風を送り続けていた。
「なるほどな。風は一方向にしか送れないか。ライナー、お前も行ってやれ。通路の端の方」
奪ったバールで黒タイツを片付けながら、俺はライナーに言う。
「サイドのお店のギリギリ走ればいいってことだね! わかった!」
親指を立ててから、ライナーは走った。
細長いアーケード街といえど、真ん中と端では風圧は同じではない。特に、フィアイーターが距離を取ろうとしている場面では。
三方向の敵のどれに風を送ればいいのか、フィアイーターは困惑した様子を見せた。
その隙に、既に下降を始めていたラフィオの上からハンターが矢を射る。
風を送る胴体ではなく、足を狙っていた。
フィアイーターの膝を貫いた矢のおかげで、奴の体勢は大きく崩れた。突風が横の服屋の方に吹いて、陳列されていた服が大きくはためく。
その間に、セイバーとライナーも到着。ライナーはフィアイーターの背後に回る余裕すらあった。
「あんた! 女の子のスカートめくって喜んでんじゃないわよ! 変態!」
たぶん敵の目的はそれではないのだろうけど、セイバーの怒りももっともだ。勢いよく振られた剣が、ページを数枚切り裂いた。
フィアイーターも後ろに逃げようとしたけど、そっちにはライナーがいて。回し蹴りを食らってセイバーの方に押し戻されて、さらに斬撃を受ける。
後ろにいるのはラフィオとハンターも同じ。精密射撃で本から伸びる手足を順番に射抜いていって動きを封じると、仰向けに倒れた本の上にラフィオがのしかかる。
ページをめくることもできなくなったフィアイーターに、矢が刺さって剣がザクザクと刺されて、踏まれて足跡がつけられていく。




