7-11.恋の三角関係
「ラフィオ! 今日はわたしと学校行こっ!」
「いや! なんでだ!?」
「一昨日、ももちゃんからエプロン借りたままになってたし! お礼言って返さないと!」
「ひとりでやれ!」
「じゃあ悠馬さん! 行ってきます!」
「おう。行ってらっしゃい」
「あああああ!」
翌朝。俺の鞄に手を突っ込んだつむぎが、ラフィオの体を鷲掴みにして小学校まで走っていくのを見守った。
ラフィオが逃げる暇などなかった。
「なるほどねー。それはラフィオ、しばらくはつむぎちゃんと一緒になるかなー」
バス停で今朝の出来事を話したところ、遥はニヤリと笑みを浮かべている。
「エリーちゃんがいない隙に、ラフィオは自分のものだー! って主張しまくる作戦だね、うんうん。つむぎちゃんもやるなー」
「楽しそうだな」
「そりゃね! 恋の三角関係を間近で見られるとか、楽しいに決まってます!」
人の恋模様を楽しむな。親指を立てるな。
まあ、傍から見ればそんなものかもしれないけど。本人からすると大変なんだぞ。
三角関係に巻き込まれてる俺もそうだけど。なんで巻き込んだ当人の遥は楽しそうなんだ。
「つむぎちゃんはきっと、放課後もラフィオを離さないだろうねー。家に帰る前にちょっと寄り道してみたり。ラフィオとデートする、みたいな感じで」
「それはありそうだ」
「ねえ悠馬? わたしたちもデートしない? 付き合ってるんだから、それくらい普通だよね?」
そうか。こいつは、愛奈との俺の取り合いに、自分が負けるとは微塵も思ってないんだ。自分の立場は盤石故に、他人の不安定な三角関係は高みの見物ができる。
なんてポジティブな考え方だ。馬鹿だけど。
「ああ。付き合ってやるよ」
「本当!? どこか行きたいところある!?」
「図書館。勉強するぞ」
「ぎゃー!」
期末試験はもうすぐなんだから。
――――
「ももちゃん。土曜日はありがとう! エプロン返すね!」
「うん。……テレビ見たよ。なんか、すごい銃撃ってたね」
学校で桃乃にエプロンを手渡すつむぎ。
テレビ局の車両で、アナウンサーも同席していたわけで。その様子は映像に残され、週末とはいえテレビでしっかり流れていたらしい。
たぶん日曜日の昼とかの、ローカル局が自由にいじれる時間帯で特番を組んだとかかな。普段はバラエティやドラマの再放送をして、時々単発の番組が放送される枠。
教室の隅で、クラスメイトたちに聞かれるわけにいかない会話をこっそりとする。ラフィオは、つむぎが意味なく持っている手提げかばんの中に隠れている。
「うん! レールガンっていって、すごく重いから支えるのにエプロン使っちゃった」
「あれ、まだつむぎちゃん使うの?」
「あー。うん。使うかも。会社に返すかもしれないけど、いらないって言われるかもしれないし。魔法少女の戦いに役に立つなら、警察の人がわたしにくれるかも」
「そっか。じゃあ、エプロンはまだ持ってて。わたしので良かったら使って」
「いいの!? ももちゃんありがとう! ねえラフィオ、わたしのサムシングフォー、またできるよ!」
「あまり何度もしてほしくないんだけどな……」
「ラフィオくん。つむぎちゃんと一緒にいて、楽しそうね」
「え?」
桃乃が話しかけてきたきたから、ラフィオもそっちを向いた。
彼女は鞄の中を覗き込むようにしてこちらを見ている。
「この前つむきちゃんが風邪ひいた時も、ラフィオくんすっごく頑張ってお世話してたもんね」
「いや。あれは……」
「ラフィオはわたしのこと、好きだもんね!」
「そんなことはない!」
「ふふっ。いいなあ」
桃乃もまた、恋する乙女。ラフィオとつむぎを、羨ましく思っているのだろう。
なんでだ。僕はこんなに苦労してるのに!
「好きな人と向かい合えるってすごくいいことだと思うよ、つむきちゃん」
「うん! ももちゃんも、長谷川くんとうまく行くよう、応援してるね!」
いや。向かい合うってどういうことだ。僕が、こいつと? いやいや。
その真意を問いただす前に、始業を告げるチャイムが鳴った。みんな自分の席のつき、ラフィオは鞄の中で授業に耳を傾けながら静かに過ごす一日を始めた。
――――
「うへえー。無理! もう無理! なにもわからない……」
家の近くにある図書館に遥を引っ張っていって、試験勉強を強いる。開始から三十分で集中が途切れた。
前はもっと早くに突っ伏していたことを考えれば、一応の成長は見られる。
「うー。こんな時、ちょっと軽く走ることができたらリフレッシュできるのに……」
自分の足を恨めしそうに見てる。運動でストレス発散ができることに異議はないけど、こいつの場合は勉強と運動の比率がおかしくなるから。
「わからない箇所があったなら教えてやるから」
「人はなんで学ぶんだろうね」
「哲学的な悩みだな。福沢諭吉って、昔のお札に描かれていた学者が本に書いたことだけど」
「待って! 答えないで! 答えられたら勉強しなきゃいけなくなりそうで! てか、なんで回答できるの!?」
「ここ、図書館だし置いてるかもな。諭吉の本。読んでみたらどうだ?」
「やだー。文字ばっかりの本とか、読むと頭痛くなる……」
「こいつは……」
「あー。勉強しなくてもなんとかなる人生、送れないかなー」
椅子の背もたれに体を預け、情けない顔で情けないことを言う遥は。
突如鳴り響いた警報音に、一瞬にして姿勢を正した。
「フィアイーター!?」
「みたいだな」
警報音は図書館に来ていた人たちのスマホから鳴っている。当然、俺のも。




